横領による「金銭感覚のマヒ」はこんな形であらわれる

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   前回は社会福祉協議会から約2億6千万円を横領したA氏(42歳)を例に、横領隠ぺいのストレスがもたらすうつ病や「休暇を取りたがらなくなる」といった態度について紹介した。このようなネガティブで抑うつ的な言動の一方で、金銭感覚の変化によって言動が派手になったり、躁状態のようになったりすることもある。

   A氏の場合、キャッシュで土地や建物を購入したり、ネットオークションでスポーツ選手のサイン入りグッズ数百点を買いあさったりと、浪費的な行動がエスカレートしていく。さらには母親のマンションのローン返済までしてあげたというのだから、親孝行な息子だったのだろうが、残念ながら最悪の親不幸をしてしまった。

服装が華美になり、海外旅行、高級車、美術品…

金銭感覚がマヒすると横領が止まらなくなる
金銭感覚がマヒすると横領が止まらなくなる

   A氏の横領は、持病の治療費を給料ではまかなえず、150万円を着服してしまったのが始まりだった。それが発覚しなかったことに味をしめたのか、横領金額は徐々にエスカレートしていった。金銭感覚マヒの兆候には以下のようなものがある。

・服装が華美になる。急に高級ブランドの服や装飾品を身につけるようになる。ある女性社員の不正では、このような変化が会社の女子更衣室の話題になっていたそうだ
・夜遊びが派手になる。キャバクラ嬢やホストに多額のカネを貢ぐのが典型だ
・ギャンブルに入り浸り、掛け金がどんどん増える
・趣味のために派手にお金を使うようになる。海外旅行、高級車、高価な美術品、オーディオセットなどに多額のお金をつぎ込み出す
・公共交通機関があるのに、タクシーを気軽に利用するようになる

   兆候のキーワードは「分不相応」である。「あの人の給料でこんなもの買えるのか?」という素朴な疑問を見過ごさないことだ。

   恐らく1000万円を超える自分の借金をポンと返してくれた孝行息子に、母親は「こんなお金よくあったわね?」などと尋ねたのだろう。

   A氏は「ロトに当たった」と言ってごまかしたそうだが、そこでもう一歩深く突っ込んで問いただしていれば、息子の不正をもう少し早く止められたかもしれない、というのは厳しすぎる見方だろうか。

予兆を見逃さないために必要なこと

   それぞれが自分のことで精一杯な日常で、「不正」を見抜く注意に労力を費やすことは簡単ではない。ただ、金融機関などで不正を見抜くことに成功した人には、「急に服装や言動が変わった気がした」「なんとなくおかしな感じがした」といっている。

   横領を完璧に予防できるシステムは存在しないし、そのためだけに多額のコストをかけることも許されない。であれば、小さな兆候に気づき、傷を大きくしないことも重要である。

   A氏と日々接していた家族、上司、同僚、相談を受けた住職など「今から思えば」ということが少なからずあるのではないか。

   そのためにも「この人なら絶対安心」という思い込みをやめ、お互いに相手へ関心をもって日々顔を見ながら会話を交わし、小さな変化を見過ごさないことであろう。

   特に、管理者にとっては、部下一人ひとりや職場の雰囲気、そして日々目にするデータや書類に細心の注意を払い、異常値を見逃さないことこそが重要な職務だといえる。(甘粕潔)

甘粕潔(あまかす・きよし)
1965年生まれ。公認不正検査士(CFE)。地方銀行、リスク管理支援会社勤務を経て現職。企業倫理・不祥事防止に関する研修講師、コンプライアンス態勢強化支援等に従事。企業の社外監査役、コンプライアンス委員、大学院講師等も歴任。『よくわかる金融機関の不祥事件対策』(共著)、『企業不正対策ハンドブック-防止と発見』(共訳)ほか。
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