60歳定年後の希望者再雇用義務付けにともない、NTTグループの主要各社が30代半ば以降の正社員の賃下げに踏み切るという。
筆者からすれば至って当たり前の結果ではあるが、「高齢者を再雇用したら、なぜ若手の賃金が下がるんだ?」と驚いている人も多いようなので、簡単におさらいしておこう。
再雇用義務化で大迷惑をこうむる労働者は多い
まず、法で人件費の原資を増やすことはできない。事業内容によって、企業が支払える人件費の総額は決まっている。だから(再雇用義務化によって)高齢者への支払いが増える分、誰かの取り分を減らすしかない。
「3年経ったら直接雇用しないといけない」という後付けルールのせいで派遣切りが起きたのと、まったく同じ構図である。
「高齢者の雇用と若年層の雇用はバッティングしない」
というお花畑な論者には、NTTグループへの転職を強くおススメしたい。
また、再雇用義務化は、労働者個人にとってメリットばかりとは限らない。再雇用義務化に伴う賃下げは、現在の50歳以上は(賃下げする期間が短いから)一時的にトクをするだろう。だがそれ以下の全世代にとっては一円のトクにもならず、むしろ迷惑極まりない話だ。
長期で見れば、今までもらっていたケーキを薄く延ばして配られるようなもので、貰うケーキの量自体は変わらない。だったら60歳で定年退職して、年金支給までの5年間は貯蓄で暮らすか、求職活動するかを自由に選ばせた方が彼ら自身も喜ぶはずだ。
人によっては、60歳以降に第二の人生プランを組んでいる人もいるだろう。また、これまでのノウハウや経験をもとに、第二のキャリア人生を夢見ている人もいるだろう。
しかし再雇用義務化は、そういう人たちの平均余生の4分の1ほどを会社が強制的にロックしてしまい、手元に残るのは「薄く延ばされたケーキ」というわけだから、これは高齢者にとっても踏んだり蹴ったりな話である。
「中高年の賃下げ」と「若手の昇給抑制」どっちがマシか
ところでこの問題はNTTだけではなく、日本企業全体が直面しているものだ。なぜ他の会社からは具体的な動きが伝わってこないのか。
実は、再雇用義務化に対する対策は「現役社員の賃下げ」だけではない。むしろ多くの企業は「中高年の賃下げ」という骨の折れるプロセスを敬遠し、「20~30代正社員の昇給抑制」で対応するだろう。
加えて、労使一体となって下請けや非正規雇用労働者への支払いをカットしようともするはずだ。日本全体でみれば、中高年は辛うじて逃げ切る一方で、若手は昇給が抑制され、非正規雇用はますます貧乏になるだろう。この20年間行われてきたことの繰り返しである。
そういう汚れ仕事に手をつける前に、先手を打って「30代半ば以降の賃金カット宣言」を出すNTTは、実に良心的で品のある会社だと言えるだろう。むしろ、
「この手の話を労組も人事もまったくしていない」
という会社で働く若手は、自分の給料の心配をした方がいい。20年後、君の賃金は今の中高年より何割か低くなっている可能性が高いからだ。誰も泣く人がいない場合、たいていは年齢が一番下の人間が泣くというのが、この国のルールである。(城繁幸)