世代間ギャップについてネットを検索していたら、面白い記事を見つけた。シティリビングの特集「働く女性の“年の差事件簿”」である。
シティリビングというのは、オフィスに配付されているOL向けの無料新聞だというが、筆者(20代女性)がこれまで勤めた職場では見かけなかった。そもそも「職場の華」のような女性一般事務職が減って、いわゆるOLという言葉にぴったりする人が少なくなったと思う。
IT業界は20代の若い男女がざわざわ働いていて、入れ替わりも激しいので、あまり世代を意識することもなかったし、人間関係に煩わしさを感じることも多くなかった。その分、この特集がちょっと新鮮に読めた。
団塊ジュニアの氷河期前期。後期は元コギャル
「バブル」や「ゆとり」という言葉は聞いたことがあるが、OL世代論の視点から見ると、そんな単純なものではないらしい。バブルとゆとりの間には「就職氷河期」世代があり、それも前期と後期ではまた傾向が違うというのだ。
バブル世代は、おおむね1965~69年生まれ。もう45歳前後だが、いくつになっても「女」に見られたがっている。エネルギッシュで消費意欲が高く、プライドが高くて下の世代から煙たがられる。学生時代に成金オヤジと遊んだので、恋愛体質な人が多いらしい。
氷河期前期は70~76年生まれ。いわゆる団塊ジュニアで、どこかニヒルな苦労人。いつもリスクを考えながら行動している。77~86年生まれの氷河期後期は、前期よりも振り切れていて、「個性」「自分らしさ」がキーワードの元コギャルという設定だ。
87年以降生まれの「ゆとり世代」は、長引く不況に対応したニュータイプ。安定志向が強く、自分本位の行動も目立つとか。あくまで一般的傾向だと思うが、親の経済状況を含む育った環境を背景にしているので、それなりに説得力がある。
20年の間に、こんなバラエティに富んだ世代がひしめいているのだから、同じ職場にいれば摩擦が起きるのも当然だ。苦労人の氷河期前期からすれば、ゆとりがメールで「今日休みます」と連絡したり、部の打ち上げを平気で欠席することが信じられない。
氷河期後期は、バブルの武勇伝にウンザリしている。その一方で、クルマも持たず海外旅行にも行かず、ランチはお弁当の氷河期後期を見ながら、バブルは「毎日何が楽しいの?」と首をかしげている。
「他人は他人」が増えるのは悪いことではない
筆者は86年生まれのハチロク世代なので、特集でいうところの「氷河期後期」と「ゆとり」の狭間にいることになる。確かに学生のころからネットにどっぷりで、人とのつながりをとても意識するというところは当たっている。
なので、他の世代の人たちから「なんでスマホばっかりいじってるの?」と言われても、そうかなと思うが、何がおかしいのかはよく分からない。
「ゆとり」の安定志向はあまりないと思うが、長引く不況に適応した楽しみ方をしているという指摘は、自分にも当てはまる部分があるかなと思う。
特集では、世代の特徴は「欠点」ではなく「個性」と捉えることが、年の差ギャップを乗り越える方法のひとつとしている。その点、若い世代の方が柔軟なので「あの人はそういうタイプだから」と相対的に見る余裕がある。
ただ、枠にはめられずに自由にやりたい気持ちが強いので、他の世代の価値観を押し付けられることには、けっこうな抵抗感を抱く。「そんな生活、何が楽しいの?」というおせっかいがいちばん気に触る人が、同世代には多いと思う。
これだけ各世代の価値観が違うと、かえって楽しい。「みんなと同じじゃなくちゃ」という圧力が生むトラブルやストレスは、すごく大きいだろう。「他人は他人、自分は自分」と思える人が増えることは、悪いことではないんじゃないだろうか。(池田園子)