「銀行員がお客さまの預金を横領」「上場企業の営業責任者が架空売上を計上」「仕入責任者が仕入先からキックバックを不正受領」――。残念ながら、企業における不正事件のニュースが絶えない。
「自分は決してこんなことはしない」「うちの部下に限ってするわけがない」「当社では起きないだろう」と考える人もいるだろうが、果たしてそれは確実なことなのか。試しに、次の問題に答えていただきたい。
「ワイン好きのあなたは、ある日、近所のスーパーのワイン売り場に行った。ちょうどセールをやっていて、いつもは4,000円で売っている好みの赤ワインが2,000円で売っていたので、迷わず1本買おうとした。ところが店員がバーコードを読み取ると、レジの金額欄にはなぜか3,500円と表示された」
自分の損得で人の行動は変わってしまう
このような場面に出会ったとき、あなたはどちらの行動をとるだろうか。Aは「『値段が違うのでは?』と店員に指摘する」、Bは「黙ってそのまま支払う」である。
おそらく、ほとんどの人がAと答えるだろう。「安い!」と思って買ったのに、このままでは自分が損をしてしまうからである。では、次のような状況だったらどうするか。
「ワイン好きのあなたは、ある日、近所のスーパーのワイン売り場に行った。ちょっと奮発して4,000円の赤ワインを買うことにした。ところが店員がバーコードを読み取ると、レジの金額欄には2,000円と表示された」
レジの表示を見て、あなたはどうするだろうか。Aは「『値段が違うのでは?』と店員に指摘する」、Bは「黙ってそのまま支払う」である。
最初の問いと同じ選択肢だが、今度も躊躇なくAを選んだ人はどのくらいいるだろうか。少なからぬ人が、自分が得をするBの方を選んでしまうのではないか。
もちろん値札のつけ間違いかもしれないので、黙ってBを選んだから悪人というのは酷だ。しかし、自分の損得とは関係なく値段を確認するAを選んだ人の方が、不正に手を染める確率がより低い「誠実な人」と言うことはできるだろう。
サイフの金が足りなくても「安すぎる」と指摘できるか
では、後の問題で「金額が安すぎると店員に指摘する」を選んだ人は、次のような状況設定がプラスされても、その誠実さが揺らがないと言い切れるだろうか。
a.レジでさんざん待たされたあげく、レジの店員の対応が最悪で、レジの表示を見る頃には怒り心頭に発していた
b.レジの表示を見る直前、財布の中をみたら3,000円しか入っておらず、カードも持ち合わせていなかった
aのような状況では、相手への怒りや恨みで、「仕返ししてやる」「当然の報いだ」などの感情が沸き起こり、「値札より安い値段が表示されても、そのまま支払う」を選択させてしまうかもしれない。
また、bの状況では「おカネが足りない」とは恥ずかしくて言えず、良心がとがめながらも、そっと2,000円を払ってしまうのではないか。
さらに、「金額が安すぎるがそのまま支払う」を選んでしまった「不誠実な人」も、レジ担当者が近所の知り合いだったらどうだろうか。「後でバレたら、次に会ったときにバツが悪いな」と思いとどまり、正直に誤りを指摘したかもしれない。
横領や偽装、汚職などの不正行為の根底にも、これと同じような心理的な葛藤がある。不正に手を染めてしまう人たちも、基本的には「フツーの人間」であり、私たちはみんな自分に甘く、他人に厳しく、誘惑に弱い。
前回紹介した「不正のトライアングル」は、このような心理的葛藤をうまくとらえている。得をしたい欲や相手への怒り、恨みは不正の「動機」につながる。後でバレたらいやだという心理は、不正の「機会」を抑制する効果がある。そして、スーパーのミスであり自分は悪くないなどと「正当化」をしてしまう。
部下を持つ管理職は、自分がいい思いをできる(利益を得られる、損失を回避できる)状況が目の前にあって、誰にも見つからないと思えば、言い訳を見つけて不正に手を染めてしまう弱さが人間にはつきものだということを、肝に銘じるべきだろう。(甘粕潔)