センチメンタリズムで、競争ルールの変化は止められない
中小企業問題は、ある種の感情的な問題に陥りやすい。中小企業は弱者であり、弱者が精一杯がんばっているのに、切り捨てるようなことはいけない、と。
僕も個人的には、そのような心情は理解できる。僕の両親は、父が80歳を迎えるまで東京の下町で洋品店を営んでいたからだ。僕が子どもだった昭和40年代までは随分と繁盛していて、毎年のように店舗を改装できていた。
でも、明らかに人々の趣向は変わっていった。近くに大規模スーパーができると、そちらに流れていった。今では、そこそこのショッピングモールが、車で10分くらいのところにできた。パパママ・ストアを経営していた両親ですら、商店街との付き合いは今でも大事にしているが、私の子どもたちを連れてショッピングモールに遊びにいくようになった。
アパレル、雑貨、飲食、映画館、いろいろなテナントが入っているから、飽きない。面白くて楽しい。時間が経つのを忘れる。父の店のまわりは、飲食街に変わっていった。
個人としての選好は、明らかに大資本によるサービスを求めている。これは商業の世界のことだが、製造業でも工場設備の大型化、IT導入、海外企業との協業など、大資本が有利な競争ルールにどんどん変わっている。
競争ルールの変化を、センチメンタリズムが止めることはできない。これからの時代、中小・零細企業が高い収益性を誇るのは、一層難しくなりつつある。もちろん、世界一の匠の技を有して競争できる市場がないわけではない。ただ、あるのだけれども、経済全体からみると小さな分野に留まっている。
「Always 3丁目の夕日」がヒットを続けるのも、よく分かる気がする。あそこに描かれる零細企業の人々が懸命に前に進んでいく姿が心を打つからだ。
しかし、2010年代に入った今、感傷的な視点で経済戦略を議論してはいけないように思える。産業構造を少しずつ中小・零細企業主体から、大・中堅企業主体に移行させることを、経済戦略として検討していかなければならないように思える。(大庫直樹)