あるメーカーに勤めるあなたは、努力の甲斐あって有力支店に栄転したとする。そこでは、ベテラン課長のAさんが稼ぎ頭として営業を仕切っていた。前任の支店長はAさんをこう絶賛した。
「彼は知識、経験、人柄とも言うことなし。まさに任せて安心というタイプだ」
あなたは本部勤務が長く、商品知識や営業経験ではAさんにかなわない。それに、この不景気に毎月難なく営業目標をクリアし続けていることは、支店にとって非常にありがたい。あなたはAさんに全幅の信頼を置くようになった。
強すぎる期待が不正を起こす「プレッシャー」になる
赴任から2年経ったある日、経理部からのメールで事態は一変することになった。Aさんの営業先に対する売掛金の回収期間が異常に長いので、大至急調査しろという指示だった。
驚いたあなたは、営業から戻ったAさんを別室に呼んだ。するとAさんは急に神妙な顔つきになり、思いもかけない一言が。
「実はぜんぶ、架空の売上だったんです」
あなたは、頭の中が真っ白になってしまった――。これは一昨年前、ある上場企業で発覚した不正事件を基にしたストーリーである。
その会社が公表した調査結果によれば、長年社内トップの成績をあげてきた支店の社員が、自分の成績不振を隠すために10年以上にわたって架空の売上を計上していたという。
この社員は、社内でも比較的マイナーな分野を担当していた。技術的知識や多数の取引先との交渉が求められることから、歴代の支店長はもちろん本部の経理や監査部門ですら、この分野に精通した人材が少なかった。そのため、20年以上その分野一筋の社員に任せきりとなり、不正が長期化した。
周りから「できる」と思われている人は、その期待に応えようと人知れずプレッシャーを感じているものである。
問題を起こした営業マンも、会社に認められていろいろな仕事を任せられる中で、営業に手が回らなくなり実績が上がらなくなったことが架空売上に手を染めるきっかけとなったようだ。「できる人」というイメージを何としても維持したかったのだろう。