1980年代の後半、私が勤めていたR社は、大きな事件の真っ只中にありました。新聞の一面に社名が踊り、出勤すればオフィスの前に報道陣がずらりと並んで、
「社員としての心境をお聞かせください!」
「道義的責任について、どのようにお考えですか?」
とマイクが向けられる日々。営業現場では、
「そんな会社とは、うちは絶対に付き合わない。出ていってくれ!」
と塩を撒かれて、お客さまへの訪問に恐怖心を感じる人も出てきました。売れないどころか、前年の契約がキャンセルになってマイナス状態になっている人もいました。
キーマンとのつながりがあれば状況は変わる
しかし幸いなことに、私はその影響を最小限に抑え、高い業績を上げることができました。それはなぜか。理由のひとつは、クライアントの経営者をはじめとするキーマンとのつながりがあったからだと思います。
もし現場の担当者しか押さえていなければ、進行中の仕事に支障がなくても「実は上から言われていまして」と言われて契約が切られていたことでしょう。慎重な担当者であれば、「もしも間違いがあって自分が責任を取らされてはかなわない」とビビッてしまうかもしれません。
ところがキーマンとつながっていれば、事件の風評にかかわらず直接面談し、
「今回の件では、世間をお騒がせしてすみませんでした。ただ、サービス自体にはなんら影響はありません。ぜひともよろしくおねがいします」
と説明して、信頼回復を図ることができるのです。最終意思決定者のキーマンと会うことができる仕事の大切さを痛感する機会でした。
さて、あなたは仕事で、経営者と仕事をする機会はあるでしょうか。同じ会社でも、社外のお客さまでも構いません。キーマン=意思決定者とのつながりを大事にすれば、判断を仰ぐときには何かと有利になるはずです。
しかし、キーマンというのは往々にして忙しく、判断の基準も厳しいことが多いものです。気難しい場合もあります。ダメ出しにも遠慮がなく、準備不足なら「時間がないので、あとは担当者と話をしてくれませんか」と打ち切られて、二度と会ってもらえないこともあります。
経営者が当事者意識を持つテーマを「取材」する
こうなってしまったら、大きな仕事を取り損なってしまいます。なんとか踏ん張って関係を構築したいとき、どんな話題なら貴重な時間を無駄にしないのでしょうか。
社長の趣味を調べておいて、それを話題にする――。そんな方法もありますが、仕事上の関係ができるかどうかも分からない人からいきなり切り出されても、「いまはそんな話をする気分じゃないね」と避けられてしまいます。
そんなとき、社長が当事者意識を持っている事業のテーマについて、記者のように質問する方法が考えられます。それにより「この営業はなかなか勉強しているな」「仕事上の相談ができる人かもしれない」と思わせることができます。
「社長、ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか。先日発表された業務提携は、大胆な意思決定ですね。商品やサービスに反映されてくるのは、いつごろになりますか」
といった突っ込んだ質問をすると、たいていの社長は「なんで君にそんなことを答えなくちゃならないのか」とぼやきながらも、疑問に答えてくれるものです。
社長の回答を熱心に聴き終えたころ、社長とあなたとの距離はいくぶん縮まり、信頼のラポール(架け橋)を築くきっかけができていることでしょう。(高城幸司)