4月1日からの新年度を前に、すでに入社式を済ませた会社もあるようだ。「仕事にいち早く慣れてもらうため」というが、学生気分はそう簡単に切り替えられるものではないだろう。
ある会社では、内定者研修を受けている最中の学生が、入社を前にして「こんな会社に入って大丈夫なのだろうか」と不安を募らせている。
「快適なライフスタイルの提供」なんてウソだろ
――間もなく大学を卒業する男子大学生です。先日、不動産会社からようやく初めての内定をもらいました。エントリーシートを100社近く出したのに撃沈続きで、もう就職先が見つからないのかと諦めかけていたので、とりあえず喜んでいました。
ただ、内定者向け研修に出てから、言いようのない不安が募っています。今回は会社組織の説明を受けたのですが、次回以降は
「早く戦力になってもらいたい」
ということで、営業の具体的手法の説明に移るそうです。
そこで、予習用に「営業トーク集」を渡されたのですが、中身を見てビックリ。クロージングの部分などを見ると、お客さまをどうやって丸め込むかの研究ばかりで、販売最優先、儲け至上主義としか思えません。
もともと不動産業には興味を持っていなかったのですが、以前の会社説明会で採用担当者が、
「我々の使命は多くの人に快適なライフスタイルを提供することです」
と言っていて、その言葉に惹かれて興味を持ちました。しかし、今回の研修の印象は全く異なります。
僕は何でもいいから、社会的に有意義な仕事をしたいと思っています。しかしこのままでは、自分の会社と社員さえよければいいような、ダサい会社に飼われた社畜のひとりになってしまいそうです。
友人たちの中には、数人でスマホアプリ開発の会社を作ったり、内定を蹴ってNPOに参加したりする人も出ています。そういうのを見ると、自分はこんなことをやっていていいのかとイライラします。どうすればいいのでしょうか――
臨床心理士・尾崎健一の視点
未知の世界に入るときに不安になるのは当たり前
最初の就職先は、日本社会において比較的大きな意味を持っているのが現実です。したがって、自分がどうしても納得できない会社に入って就労経験を積むべきかどうかは、基本的に他人がどうこう言えることではありません。
ただ、心理的に考えると、学生から社会人になる時期は、まったく未知の世界に入るわけですから、不安が強くなっても不思議ではありません。「内定ブルー」という言葉もあるくらいです。特に厳しい就職戦線で疲弊した人が、ようやく内定先を得たあとに「本当にここでよかったのか?」という考えに取り付かれ、やる気が急速に失せてしまうことはよくあります。「バーンアウト(燃え尽き症候群)」の一種といっていいでしょう。
憂鬱な気分を押して会社に入るべきか否かは個別の状況によって異なりますが、新しい世界に入ってしまうと、事前に抱いていた不安が小さく感じられることも往々にしてあるものです。「案ずるより産むが易し」ということです。不動産営業はノウハウの塊で、小手先でできるものではありません。立派な営業マンから物件を購入して心から満足しているお客さまを目にすれば、考え方が変わることもあるでしょう。
社会保険労務士・野崎大輔の視点
まずは経験。実際に働いてみてから決断してもいい
就活生のころは「お客さま」ですが、今後はあなたがお客さまからお金をいただくことで、給料が出るようになります。立場が逆になったのですから、会社説明会と研修中の印象に少なからずギャップが生じるのも当然でしょう。
私事で恐縮ですが、最初に入社した会社を1年足らずで辞めた経験があります。その後も「こんなことをやるために会社に入ったのではない」という生意気な理由で、2社を辞めました。しかし、そんなことを繰り返していても仕事のスキルがまったく上がらないと気づき、紹介予定の派遣社員として働き始めた4社目で、心を入れ替えてガムシャラに働き始めました。そのときの経験がなければ、いまでも何もできないままだったでしょう。
そんな私が言ってもまるで説得力がないと思いますが、とりあえずいまの会社で働いてみるべきだと思います。これから就職活動をやりなおしても、いまより有利な条件で働けるとは限りません。まずは給料をもらいながら地道に経験を積んでみて、どうしても耐えられなければ決断してもいいと思います。
(本コラムについて)
臨床心理士の尾崎健一と、社会保険労務士の野崎大輔が、企業の人事部門の方々からよく受ける相談内容について、専門的見地を踏まえて回答を検討します。なお、毎回の相談事例は、特定の相談そのままの内容ではありませんので、ご了承ください。