プロフェッショナリズムを教えてくれたレストラン

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   昔、六本木に「マナハウス」という店があった。店名は英国のManor House、つまり執事がいてサービスをしてくれる施設に由来している。作家の村上龍、佐藤愛子、銀座「グレ」のママも通っていたらしい。

   普通の会社員には敷居の高い店ではあったが、大事な商談のときは、この店を予約することにしていた。オーナーの高松さんは、僕が重要な話をしにクライアントと一緒に来ることを知っていて、そのために最高の演出をしてくれていた。

ビジネスが魔法のような空間に助けられる

(カット:長友啓典)
(カット:長友啓典)

   オーナーは、決まって店の一番奥の窓際のテーブルをとってくれていた。はじめて僕がこのお店を訪れたときに、座った席とテーブルだからだという。彼によれば、定位置に座ることは、ビジネスの難しい話をいつもと同じような気持ちで話すためには大切だということである。

   お店が空いていても、同業他社と思しき人からの予約はとらないでいてくれた。隣の席にライバルが座って、また別のクライアント――もしかすると僕のクライアントでもあるかもしれない――と話が聞こえてしまうことほど、やりにくいことはない。高松さんは自分の不利益でも、クライアントである僕のためにそうしてくれた。

   会話が途切れたのを見計らって、高松さんはサービスをしてくれる。絶好のタイミングだった。テーブルに来て話す会話も、でしゃばらず、かといって寡黙すぎず、有能な執事としての役回りを演じきっていた。

   華やかな何かがあるわけでもないその店で、案内したクライアントは心からリラックスすることができる。難しいビジネスのやりとりも、なめらかに進んでいく。魔法のような空間を、そのお店は演出していた。僕は何度も彼のお店、彼の執事としてのプロフェッショナル・サービスに助けられていた。

   同時に、手でとって触れることのできるモノを売るわけでないサービスの基本も学んだように思う。プロフェッショナル・サービスは、対人サービスであり、個人間のスキルが不可欠だから。

   クライアントに本当の気持ちを語ってもらうには、どういう距離感を保つべきか、どんな間合いで質問を投げかけるべきか、言葉にならないプロフェッショナリズムの極意を学んだような気がする。

大庫直樹(おおご・なおき)
1962年東京生まれ。東京大学理学部数学科卒。20年間にわたりマッキンゼーでコンサルティングに従事。東京、ストックホルム、ソウル・オフィスに所属。99年からはパートナーとして銀行からノンバンクまであらゆる業態の金融機関の経営改革に携わる。2005年GEに転じ、08年独立しルートエフを設立、代表取締役(現職)。09~11年大阪府特別参与、11年よりプライスウォーターハウスクーパース常務執行役員(現職)。著書に『あしたのための「銀行学」入門』 (PHPビジネス新書)、『あした ゆたかに なあれ―パパの休日の経済学』(世界文化社)など。
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