クライアントにとって「最善」とは何なのか

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クライアントを失う勇気を持つ

   そんなとき、クライアントは誰だっけ、と僕は自問する。いろいろな考えを巡らせる。それでも波紋を起こすと分かっていても、あえて提案することがある。

   まだ駆け出しだったころ、こんなことを習った。

「クライアントを失ってもいいから、本当のことを言いなさい」

   僕は、その言葉を反芻しながらクライアントに向かう。もちろん、ある種の恐怖感があるのだけれど。

   本当は、クライアントの期待値通りにレポートを書くのが一番楽だ。次のプロジェクトにつながる可能性も高いかもしれない。しかし、それだけは「プロフェッショナル」として決してやってはいけないと、心に決めている。

   あるとき、僕はクライアントのトップとふたりだけで話していた。クライアントの基幹事業について、思いもよらぬ結論を見出していたからだ。生涯利益を計算すると、その基幹事業はクライアントの思っているほどビューティフルではないことに気づいてしまった。

   長い沈黙がつづいていた。トップは困惑している。これまで最優秀の人材を投入してきた事業だったからだ。僕は何も言えなかった。なんとも言えない時間だけが過ぎっていった。その間、僕はひたすら空(くう)を見つめ、間も悪さに気づかないふりをしていたような気がする。

   やがてミーティングが終わり、エレベータホールの前で別れた。その人とは、随分親しくさせてもらってきた。あれから数年経ったけれども、あれ以来お目に掛っていない。昔のように笑ってグラスを傾けられる日がいつか来ることを、心の中で願っている。

大庫 直樹

大庫直樹(おおご・なおき)
1962年東京生まれ。東京大学理学部数学科卒。20年間にわたりマッキンゼーでコンサルティングに従事。東京、ストックホルム、ソウル・オフィスに所属。99年からはパートナーとして銀行からノンバンクまであらゆる業態の金融機関の経営改革に携わる。2005年GEに転じ、08年独立しルートエフを設立、代表取締役(現職)。09~11年大阪府特別参与、11年よりプライスウォーターハウスクーパース常務執行役員(現職)。著書に『あしたのための「銀行学」入門』 (PHPビジネス新書)、『あした ゆたかに なあれ―パパの休日の経済学』(世界文化社)など。
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