「ああっ、またやられた~!」
会社のパソコンの前で、私は頭を抱えました。お客さまの中には入金を何度約束しても、まるで守ってくれない人がいます。「この日に支払います」と約束をしては破られ、また約束を取り付けるも入金ならず…。
そうこうしているうちに、債権の期限切れが迫ってきます。いよいよお客さまと厳しく対峙すべきですが、そんなことは誰だって嫌なもの。けれどコールセンターには、どんなにタフな交渉をしても、なぜかお客さまから好かれてしまう「凄腕の交渉人」がいるのです。
支店の債権をひとりで回収「伝説の交渉マン」
コールセンターが扱う債権は、延滞している期間によって3種類に分けられます。延滞して間もない「初期延滞」の督促は、とにかく量をさばくことが重要視され、主にパートや派遣のオペレーターが電話をかけまくります。
初期延滞で入金されなかったものは「中期延滞」となり、経験が長くスキルの高いオペレーターが対応しますが、さらに遅れて「後期延滞」になると、百戦錬磨の経験をもつ「交渉チーム」の手に渡ります。
海千山千の交渉チームの中でも、群を抜いて回収率が高かったのがTさんでした。彼は支店勤務時代に、その支店の債権をひとりで全て回収してしまったという伝説をもつ男性です。
普段の印象は、すごくスマートで紳士的。でも仕事中は緊張感があって、怖いほどです。決して怒鳴ったりはしませんが、なかなか入金してくれないお客さまを相手にしていることもあり、いつもピリピリとした雰囲気を醸し出していました。
でも不思議なことに、お客さまには大変人気があったのです。私が難しいお客さまと話しているときにも、「Tさん出して! Tさんとしか話さないわ!」と指名が入ることすらありました。
なんであんな厳しい交渉をしているのに、お客さまに好かれているんだろう。気になった私は、こっそりと先輩の席の隣に陣取り、仕事をしながら交渉の様子を聴いてみました。Tさんの電話は、理詰めで淡々と続いていきます。
「ですからお客さま、支払えないではこちらも困るんですよ。なぜ支払って下さらないのですか?」
シビアな話でも「終わりよければ全てよし」
長期延滞の債権回収は、督促する側も辛いものです。相手が困っているのは分かっていても、契約に即して、ときには厳しいことを言わなければならない事もあるからです。お客さまの声もどんどん沈んでいきます。
交渉も終盤に差し掛かった頃、私は思わず顔を上げて二度見してしまいました。先輩の声がガラリと変わったのです。
「ではお客さま、ご入金お待ちしています! お体に気をつけて下さいね!」
(誰、このかわいい声?) 思わずつっこみを入れたくなる高い声で、先輩はクロージングのあいさつをしました。お客さまもつられて「ハ、ハイ!」と大きな返事をしています。
これがお客さまに好かれる「交渉チーム」の秘密なのか。確かに締めの言葉が雑だと、その電話全ての印象を悪くしてしまいます。でも逆に、最後の言葉さえよければ、その会話全体の印象が良くなることもあるものです。
いや、むしろ今までずーっとシビアな話をしてきた分、その後に優しい言葉が出てくると好感度が急増する。最初はツンツン冷たくても、後からデレッと優しい。これが「ツンデレ効果」というものかっ。
終わりよければ全てよし。嫌な電話をしなければいけない時でも、「終わりの言葉だけでも明るくしよう」と心がければ、好感度を下げずに済む。ひとつ勉強になった出来事でした。
N本(えぬもと)