「スティーブ・ジョブズみたいな人が上司にいたら、会社はさぞ楽しいだろう」
こんな意見をウェブで見た。確かにジョブズは世界の尊敬を集めるカリスマ経営者である。彼が亡くなったときに世界中から賛辞の嵐を受けたのも当然だ。私も彼の能力や実績を120%尊敬している者の一人である。
しかし、上司としてあるいは同僚として彼が望ましいだろう、という話を聞くと「ちょっと待てよ」という風に言わざるを得ない。
「彼は人の話をさえぎり、聞こうとしない」
「オール・アバウト・スティーブ・ジョブズ」(all about Steve Jobs.com)というサイトがある。ジョブズについての情報を多面的に集めたもので、多くのメディアで引用されている。
そこには「スティーブ・ジョブズの問題点(The trouble with Steve Jobs)」というコーナーがあり、1981年にマッキントッシュ・プロジェクトの提唱者ジェフ・ラスキンが、当時のアップル社長マイク・スコットに宛てて「手に負えない若い会長」について書いた批判のメモが紹介されている。
1.ジョブズは普段から人とのアポイントメント(面談時間)を守らない
2.彼は考えずに行動し、判断を誤る
3.彼は貢献した人を正当に評価しない
4.ジョブズはよくカッとなる
5.彼は自分を心温かい人間に見せようとして馬鹿げた無駄な決定を下す
6.彼は人の話をさえぎり、聞こうとしない
7.彼は約束を守らず義務を果たさない
8.彼は頭ごなしに決定を下す
9.予想が楽観的だ
10.無責任で分別に欠ける
このメモを書いたラスキンは、そのあとジョブズにすぐにクビにされた。
ジョブズが如何に些細なことで従業員をクビにするかについては色んな「伝説」がある。
エレベーターに乗り合わせた従業員をクビに
・ジョブズはエレベーターに乗り合わせた従業員と話をしていたら怒りだして、エレベーターの中でその従業員をクビにした
・秘書がいつもと違うブランドのミネラルウォーターを持ってきたのでクビにした
・NeXT時代にIBMと決定的に重要な契約があった時、「10ページ以上の長い契約書にはサインしない」という馬鹿げた理由で契約を反故にしてしまった
・社員のiPhoneを前触れなく取り上げて、そのiPhoneがパスワードで保護されていなかったらクビにした
かなりすさまじい話ではなかろうか。私も外資系の金融機関に長年勤めていたので、ちょっとやそっとの「クビ話」には驚かないのだが、さすがにのけぞった。
結局のところジョブズというのは勝手気ままの暴君であり、そこに勤める人たちは奴隷、といって悪ければ、恐怖政治におびえる無力な羊たち・・・のようにみえる。
これは致し方ないともいえる。ジョブズは革命家であり、クリエーターであり、天才である。そういう人物を、一般人のスケールで測ることは間違いなのだ。
先日亡くなった立川談志もそういった一人だったようだ。天才落語家の名を欲しいままにした一方で、数々の奇行で知られてきた。談志の弟子たちが如何に苦労したかは語り草になっている。
天才は遠きにありて想うもの
スティーブ・ジョブズがさらにすごいのは、どんなに彼が天衣無縫で自分勝手であろうとも、抜群の能力のある人間を惹きつけ、世界を変えるほどの大仕事を成し得たところだ。つまりリーダーとしての素質も併せ持っていたということだ。
彼に罵倒された人々が、それをバネにすごい仕事を成し遂げた。これは普通の経営学の理論からは全く説明のできない話だが、それが現実に起きていたのだ。ただし、これはおそらく彼の個人的資質によるものであり、普通の人間がまねたら悲惨な結果を引き起こすだろう。
逆に言うと、いつも笑顔と気配りを絶やさず、誰ともうまくやっていけて、家族を大切にし、身の回りはいつも完璧に片づけて、約束の5分前には必ず着いて待っている・・・というような人に、独創的なことはできない。そういう人は地道に公務員でもやっていた方がいい。
我々凡人はせいぜいiPhoneを愛でて、ジョブズの偉業をたたえるのが似合っている。「天才は遠きにありて想うもの」なのである。
小田切 尚登