「はぁ~、もう。借金でこんなになっちゃうなんて、神も仏もないのかねぇ…」
ある日、入金のお電話をした50代の飲食店を営む女性は、電話の向こうで深いため息をつきました。
「大変ですねぇ、お客さま。で、お支払いいただけるお日にちを…」
「しかもこの前の地震で、雨漏りするようになっちゃってね」
「うわぁ、大変ですねぇ!で、あの、支払いはいつごろ…」
「でもお金がないから、雨漏りも直せないのよねぇ~」
本当は3分で切らないといけないのに…
(も、もう、いい加減にしてーー!!) 相槌を打ちすぎてぐったりしている私とは対照的に、話はますます盛り上がっていきました。話題はずっとお客さまの身の上話で、入金の話はことごとく受け流されてしまいます。
ちくちくと背中に、上司の視線が突き刺さります。ふと後ろを振り向くと、じっとこっちを見る先輩の目が「一つの交渉に何分かけてるんだ!」と語っています。
「それでね、雨漏りのリフォームしようと思ったら400万もかかるっていうし…」
「あのう、私どものご入金はいつしていただけるんでしょうか…」
「もうね、全然払えないのよー。ごめんなさいね~」
「うぅ…」
その後も、「他の会社にも借金があって支払いで首が回らない」「親戚にもお金を借りている」「持病のせいで家族の食費が1日5000円もかかる」「昨日つまずいて転んで病院にかかったからお金がない」などなど。結局、電話を切ることができたのは、お話を始めてから40分も後でした。
しかも、あれだけ延々と支払えない理由を言い連ねていたのに、なぜかその日のうちに入金の通知が。もちろん嬉しいことなのですが、思わず私は「なんだったんだー!!」と叫んでしまいました。
債権回収のコールセンターでは、1日に何万件という債権を処理しなければならず、オペレーターの成績は、1日何件の債権を処理、回収したかによって競わされています。
したがって、1件の入金交渉をなるべく短く、簡潔に終わらせることが勝負の分かれ目になります。私の目標は1件で3分以内。督促はいわばタイムトライアルなのです。けれど、中にはお話好きの方もいて、電話を短く切り上げるのが苦手だった私は、いつも苦戦していました。
せめて短い時間でもしっかり聞きます
しかも、一度売ったら終わりではないのが、債権回収というお仕事。毎月のように支払いが遅れる方もおり、中にはコールセンターとの「督促話」を楽しみにしている「常連さん」もいらっしゃるのです。
「あ、エヌモトさん~!もうほんと、全然支払えなくて地獄みたいなのよ~」
ひと月後、電話を取った瞬間に聞き覚えのある声が聞こえました。あの“雨漏り”のお客さまです。またですか!と心の中で叫んでしまいました。
「昨日お店を開けてたんだけど、お客さん一人も来なかったのよ~。なのに今月は電気代が数万かかっちゃった上に、新聞も3つ取っててさっき集金が来たから、手元にお金なくなっちゃったの~」
「あの、弊社の4000円のお支払いを…」
「お金がないから払えません」
ダメだ、突っ込みどころが多すぎる。私は折れそうになる心と膝を立て直しました。
本当はじっくりとお話を聞いてあげられたらいいんだと思います。昔は長く話を聴くオペレーターもいましたが、最近では至る所で効率化が叫ばれていて、どこでも電話はすぐに切られてしまいます。だったらせめて短い時間でもしっかりお話を聴き、満足してもらうのが私にできる精一杯のお仕事だと思います。
(よし!今日はなるべく短めで満足してもらうぞ!)私はもう一度膝を揃えて、お客様と向き合いました。
N本(えぬもと)