私の働くコールセンターでは、お客様に入金の督促電話をする際、いきなり会社の名前を名乗ることはほとんどありません。それは、お客さまの多くが契約時に「配偶者などの家族に利用を知らせない」という欄にチェックを入れているからです。
ただし私の会社では、ショッピングでご利用の場合には、電話の相手がご本人以外でも社名を名乗ってよいことになっています。お客さまの「ご家族」であることが確認できた場合にのみ、会社名を伝え、折り返しのお電話をお願いすることができるのです。
「いいえ、違いますけど」から始まったトラブル
自宅の電話に出る方は、ほぼすべてがご家族の方なのですが、たまに例外があり、トラブルになることもあります。ある日、40代男性のお客さまから、消え入りそうな声で電話がかかってきました。
「どうしてくれるんですか…。どう責任を取ってくれるんですか!」
いきなりの思いがけない言葉に、私は固まってしまいました。「ええと、すみません。私どもが何を?」。お客さまは、もう泣きそうな声でした。「女の人が電話したじゃないですか!」
私が慌てていると、その男性、Aさんは電話口でとつとつと語り始めました。ショッピングでカードを利用した口座にたまたま残高がなく、私たちの会社から督促が来たのだそうです。
オペレーターはAさんの携帯電話に電話をかけましたが、連絡が取れません。携帯電話にも留守録メッセージを数回残しましたが、入金がないまま数日が経過したため、登録してあるAさんのご自宅に電話をかけることにしました。電話口に出たのは、女性でした。
「××(オペレーターの個人名)と申しますが、A様はいらっしゃいますか?」
「いえ、今いませんけど…」
「そうですか。それではまた改めて電話させていただきます」
最初の電話は、こんなやりとりで終わりましたが、何度目かの電話で不審に思ったのか、相手の女性は突っ込んだ質問をしてきました。「Aはいませんけど、どちらの××さんですか?」
オペレーターが「失礼ですが、A様のご家族の方でしょうか」と確認すると、「いいえ、違いますけど」という答えだったため、社名を名乗ることができなくなりました。しかし、女性は納得しません。
「あの、Aとはどういう関係なんですか?」
借金への偏見が「明るい督促」を阻んでいる?
「え、××と言って下さればわかりますから…」
答えに詰まったオペレーターの言葉が、泥沼の発端になりました。この女性は、Aさんが結婚を考えていた同棲相手であり、身元を明かさないオンナから何度も電話がかかってきたことでケンカとなり、ついに家を出てしまったのだそうです。
確かにAさんと正式な婚姻関係がないので、厳密には「ご家族」ではないのですが…。私は電話でお客さまに謝罪し、上司と相談して経緯を説明した手紙を出しました。これを読んで、彼女が怒りを鎮めてAさんの元に戻ってくれることを祈りながら。
このとき私は、自社の応対ルールに限界を感じてしまいました。督促の際に会社の名前を名乗ってはいけないというルールは、「お客さまのため」という建前になっているものの、実際にはそうなっていないのではないかと。
家族に隠れてキャッシングやクレジットを使うことができるから、督促が遅れることになり、知らず知らずのうちに借金が溜まってしまう。結果的に名乗らないのは「会社のため」と誤解されかねません。
とはいえ、「借金は恥ずかしいこと、すべきでないこと」という古くからの考えが薄まらないと、いきなり社名を名乗るところまで踏み込めないのです。たぶん現時点でいきなり社名を名乗れば、トラブルも少なからず起きるでしょう。
無計画にお金を借りて、自分の信用を落とすことは避けるべきです。しかし、現実的な計画を立ててお金を借りるのは、必ずしも恥ずかしいことではないと思います。そういう方向に多くの人の価値観が変わって、ご家族にも明るく「○○社ですが、お電話代わっていただけますか?」と名乗れるようになったらいいな、と思うのです。
N本(えぬもと)