「ボク、最近全然ストレスを感じないんですよ~」
中途入社でコールセンターに入ったM井さんは、三浦春馬に似たイケメン。まだ20代の若手ですが、率先してクレーム対応を引き受け、いまではセンターで一番の処理数を誇るようになりました。
債権回収のコールセンターでは、電話口のお客さまから激しい言葉が投げつけられます。しかし謝るだけで終わらないのが、この仕事の難しいところ。怒鳴られながらも、最終的にはお客さまを説き伏せて、入金をしていただかなければなりません。
ピンク色のB5ノートに淡々と記しておく
お客さまの電話を最初に受けるのは、主に女性のパートタイマーですが、耐えられないほど言葉づかいがキツイ場合や、交渉がこじれてしまった場合には、「クレーム対応専門チーム」の社員に電話を代わって交渉することになっています。
彼らは常に十数件のクレームを抱えていて、お客さまからの罵声を浴びない日はありません。ときには1本の電話で2~3時間、ひたすら怒鳴り続けられ、相手をなだめ続けることもあります。
お客さまの中には「馬鹿野郎!」「ふざけるなテメェ!」とか「ブス!不細工!」(電話じゃ顔も見えないのに…)といった罵詈雑言を、口癖のようにいちいち会話にはさみこむ方もいます。
理不尽なことを言われて、さぞかし大変だろう。そう思っていたのに、専門チームのM井さんから「ストレスを感じない」と聞かされて、どういうことなのか理解できませんでした。ストレス耐性が異常に高いのか、それとも麻痺してしまったのか…。
「実はボク、お客さまに言われた悪口をコレクションしてるんです。いつか自分だけの『悪口辞典』が作れるといいな~と思って」
M井さんはにっこりと笑うと、ピンク色のB5サイズのノートを出してきました。その中には、日付と、お客様に言われた言葉が淡々と記されていました。
・○月×日:「大丈夫じゃねぇよ馬鹿!お前のとこがチョンボってんだろ!?ふざけんじゃねぇ!!」と言われる。
・△月□日:「お前、何様やと思ってんねんクソが。はよせー弁護士に持って行くぞ、こらーアホ。あんたアホやから理解できないんやろ」と言われる。
「今日も怒鳴られなかった」とガッカリ
「つけ始めてから1年半位なんですけど、まだこれしか集まってないんですよね。最近じゃお客さまにひどいこと言われると、『やった!これでまたノートに書ける!』って嬉しくなっちゃうんですよ」
人格を否定する言葉が書き込まれたノートは、すでに半分以上が埋まっています。M井さんは満面の笑顔。「もしこのノートが1冊埋まったら、それはそれはすごい贅沢をしようって計画してます。だからもう悪口は、ボクにとってご褒美なんです!」
すごいですねぇ。私は、彼とノートを交互に見ました。たしかに、悪口を悪口として認識しなければ、心にダメージを負うことはないのかも。目からうろこの「ストレスマネジメント」でした。
そこで私も、自分だけの「悪口コレクション」を作ってみることにしました。お客さまに1回怒鳴られると1ポイントとし、10ポイントごとに小さなご褒美を自分にあげることにしました。
エクセルを使って集計すると、怒鳴られたり悪口を言われたりするごとに、棒グラフが伸びていくではありませんか!次第に電話で怒鳴られることが待ち遠しくなり、しまいには、
「あと1回で10ポイントなのに、昨日も今日も全然怒鳴られなかったなあ…」
なんてガッカリする始末。悪口コレクションの効果はすごいかも。
横を見るとM井さんが、今日も嬉々としてクレームの電話を受けていました。オリジナルの『悪口辞典』ができる日は、そう遠くないのかもしれません。
N本(えぬもと)