社員にIDカードを配布し、常に携行させている会社がいつのまにか増えた。無地のものもあれば、会社のロゴや氏名、顔写真が入ったものも。セキュリティ上の要請が主なものだが、それ以外にもいろいろな「使われ方」をしているらしい。
ある都内の大手企業では、IDカードによって入場できるフロアが限られるようになった。社内の打ち合わせも共有スペースで行うことになり、他部署の人たちの席と自由に行き来することができない。
ケースの色を日替わりにするチョイ悪オヤジ
マーケティング局に勤める40代のAさんは、IDカードが明らかに仕事上の支障を起こしていると不満顔だ。以前は他部署に文句があるときには、「いまから話しに行くぞ」と電話一本入れて直談判しにいったものだ。
「それが今では、いちいち共有スペースに呼び出さなければならない。相手の都合が悪いときには、『いま手が離せなくて』とかいって逃げるようになった。IDカードは、一種のバリアみたいなもんだ」
また、首にかけるヒモの色が正社員と契約社員、嘱託や派遣社員で使い分けられているのも、最近はようやく慣れたものの、当初は気持ちのいいものではなかったという。
「最初は怒りましたよ。同じ職場で働いているのに、何てことするんだって。まるで身分をヒモの色で分けているみたいで。まあ、いまはスタッフの出入りも激しくなったし、社員以外は入れない場所も作ったから仕方ないけど」
首から提げる方法は、実は若い女性には不評らしい。渋谷のIT企業に勤める20代OLのBさんによると、襟なしのカットソーを着ることが多く、首の周りが煩わしいという。しかし、ワイシャツを着ている男性には、そういう抵抗はなさそうだ。
「社内随一のオシャレ、50代の『チョイ悪オヤジ』は、いつも首から提げています。IDカードのケースを何個か持っていて、その日のファッションに合わせて色を変えてくるんですよ。完全にファッションの一部になってますね(笑)」
他人は「あの会社だ」と気づいている
ネット上には、会社員がIDカードを首から提げる様子を「社畜の首輪」と呼ぶ人たちがいる。会社から拘束を受けている象徴だというわけだ。これ見よがしにぶら下げている人は、「首輪を自慢する奴隷たち」と揶揄されている。
IT企業が集まる一角に勤める30代男性プログラマCさんは、「確かに自慢げな人たちはいます」と認める。
「ランチどきにこれ見よがしにブラブラさせているのは、旧財閥系の社員の集団。社名や顔写真、自分の名前が丸見えでもお構いなし。でも、僕らのような中小は恥ずかしいから、必ず胸ポケットに入れるし、首から外すこともある」
丸の内に勤める20代大手企業OLのDさんも、社名や名前が見えても気にしないそうだ。ただ、職場の先輩がランチに入ったレストランで他社の男性に社名を見られ、会社で待ち伏せをされたと聞いたときは、驚いたという。
「会社を出たところで、いきなり『○○さんですよね』ってナンパされたそうです。そのときは気持ち悪くて逃げ出そうかと思ったけど、事情を説明されて有名企業の名刺を渡されたので、後日一緒にランチしたそうですよ」
一方で、いつもブラブラさせているのは考え物、という声も。30歳OLのEさんは、電車内で管を巻く酔っ払いが「あの会社の社員」と分かってしまったそうだ。「首から提げたIDカードのデザインを見たら、一目で。歩きタバコとかしてる人もいますが、あれじゃ会社のイメージ落としちゃうなと。自分も気をつけなくちゃなあ、と思いました」