「0でなければ1」――デジタルな不寛容が生む暮らしにくさ

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   ケータイやスマートフォンに、不審者情報をメールで送ってくれるサービスがあります。筆者には子どもがいないので知りませんでしたが、2008年頃から自治体や警察、学校などが独自に配信していて、全国に広がっているのだとか。

   都内に住むA子さん(40代、小学生の母親)が言います。

「メールが配信されてくるのは週に1回なんだけど、掲載されている情報の数が1つや2つじゃないのよ。多いときは10個ぐらいあって、かえって心配になるのよね」

行政から通知される「曖昧な情報」に不安

   A子さんはネットでも調べてみたそうです。「質問サイトって言うの?あれにもいっぱい同じような質問があって、私だけじゃないんだな、って」

   自治体や警察、学校が不審者情報を知らせてくれるのはありがたいけれど、情報が多いということは、防犯や取り締まりがちゃんとなされていないのではないかと不信感も募るのだそうです。

「それにね、質問サイトを見ていたら、セールスマンの人が道に迷って地元の子どもに声をかけたら、不審者として通報されたっていうケースも書いてあって」

   不審者というのは、どういう人のことと定義されているのだろう。そもそも、不審者情報はどこから提供を受けているのか。疑問に思ったA子さんは、メールの配信を受けている自治体に、情報をどうやって収集しているのか訊ねてみました。

「警察からの情報、それに一般からの情報提供があったものを基本的に掲載しているそうなのね。で、不審者というのは、子どもや女性に“不審な”声をかけたり、ハダカを露出したりする人のことだっていうの。通報や相談があった警察からの情報についてはともかく、一般から直接情報提供があったものについては、どうやって判断してるんですかって聞いたら、それは担当者が判断していますって。それって、曖昧じゃない?って思ったわよ」

   曖昧と言えば曖昧ですが、役所の担当者にしてみれば、実際に自分が見たわけでもなく、捜査権限があるわけでもないところへ情報提供があっても、逆に判断に困るという部分もあるでしょう。

   A子さんと別の、ある自治体の不審者情報メールの担当窓口に聞いてみたところ、一般からの不審者情報の提供が1日に1件ぐらいはあるのだとか。それを逐一、現場へ行って事情を情報提供者から聞いて回るということは、他にも仕事を掛け持ちしている関係もあって、やはり難しいそうです。

アナログな寛容さも必要では?

「それなら、いたずらに不安を煽ることにもなるんだから載せなければいいのに」

   A子さんは言いますが、情報の提供を受けて掲載しないとなると、「役所の担当者が仕事をちゃんとしてない」といった批判を受けてしまうといったことも考えられます。

   それよりも筆者が気になるのは、ケータイやスマートフォンが普及したことで、みんなのために良かれと思って自治体その他が始めたサービスによって、変な監視社会化が進みつつあるように見受けられる部分です。

   ネット上では、いまでも何かあると即「通報」と反応するケースが目立ちます。現実社会でも、少しでも不審だなと思ったら、不審者として即通報。本来、アナログで寛容だったはずのわれわれ人間が、「0でなければ1」しかないとばかりに、デジタルで不寛容になってきているように思うのです。

   0でなければ1というのはわかりやすく、共感も得やすいけれど、人間の社会はそう易々と割り切れることばかりではありません。0から1へのグラデーションが多い方が、結局はギスギスしない社会になって暮らしやすいと思うのですが、どんなもんでしょうか。

井上トシユキ

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井上トシユキ
1964年、京都市出身。同志社大学文学部卒業(1989)。会社員を経て、1998年よりジャーナリスト、ライター。東海テレビ「ぴーかんテレビ」金曜日コメンテーター。著書は「カネと野望のインターネット10年史 IT革命の裏を紐解く」(扶桑社新書)、「2ちゃんねる宣言 挑発するメディア」(文藝春秋)など。
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