私は就職氷河期に、新卒でカード会社に入社しました。そして、それまで聞いたこともない「督促」という仕事をするコールセンターに配属されました。そこで目の当たりにしたのは、驚くような理由で支払いを拒むお客さまの姿でした。
「お金、ないんですよね~。今月、ケータイ代、5万かかっちゃって」
「ええっ!? でも今日入るお給料で必ずお支払いいただけるというので、1か月お待ちしていたんですけれども…」
「ないものは、ないんですよね~」
10円単位の支払いを「取りに来い!」というお客も
ケータイでゲームしすぎちゃってさ~、と半笑いで話すのは20代前半の男性。テレビゲームをしているらしく、電話の向こうからは一昔前に流行ったRPGの戦闘音楽が聞こえてきます。
(先月、あんなにしつこく言ったのに。この給料日を逃したら、もう回収の締め日に間に合わない!)
私は頭を抱えてしまいました。自分が借りたお金なのに、どうしてこうも簡単に考えられるんだろう。信頼を失うことの怖さを、どうしてわかってくれないんだろう。
「借りたものは返すのが当たり前」――。この仕事に就くまで、そんな風に考えていた時期が私にもありました。しかし世の中には、それを当たり前と思わない人がいるのです。
「入金しようとコンビニに行ったら、お腹が空いてお菓子を買っちゃったので今日は払えません」
と堂々と電話してくるお客さま。10円単位の支払いを、
「家まで取りに来いよ。来なければ払わないぞ!」
と遠く離れた地方まで呼びつけるお客さま。
もちろん、切実な経済的理由で支払いができないお客さまもいらっしゃいます。でも悲しいことに、自分は使ってやっているんだ、お前らは入金を待ってればいいんだよ!と私たちを怒鳴りつけ、お金があるのに支払いを拒むお客さまも中にはいらっしゃいます。
「お金を払わなかったら、怖いお兄さんが家まで来るんでしょ?」
と聞かれることがありますが、実際はそんなことはありません。とりあえず入金をお願いする督促の電話と手紙が来るだけです。他人から100万円を盗めば逮捕されますが、100万円を借りて1円も返さなくても、すぐに捕まるわけではありません。
督促はお客さまの「信用」を守る仕事
では、借りたお金を返さなかったらどうなるのか。まずは一定期間、新たにお金を借りられなくなります。支払いの延滞情報が信用情報機関に記録され、それが消えるまではどこのクレジットカードやキャッシングも利用できなくなります。
(本当に困った時にお金が借りられなかったら、大変なことになるのに!)
支払いを真剣に考えないお客さまを見るたびに、私は焦燥感を覚えます。ゲームをしながら督促の電話を聞き流す男性が本当の窮地に立たされた時、助けになってくれる人はきっと少ないでしょう。
ささいな事で信用情報を悪化させ、本当に困った時にお金を借りられず途方に暮れる人々をたくさん見てきました。けれどお客さまの多くは、本当に困った時に必要な「信用」を維持するお金より、いまを楽しむケータイゲームを優先させてしまうのです。
「お客さま、お支払いをしていただけないでしょうか。ご入金をいただけないと、お客様の信用が損なわれる可能性があります!!」
督促は、お客さまの信用を守る仕事。どんなに嫌がられても、お客様が本当に困ってしまうことのないようにと願いながら、今日も電話をかけています。私が叫ぶように訴えると、お客さまのコントローラーを操作する指が、ほんの少しだけ止まった気がしました。
N本(えぬもと)