欧米企業には、詳細なジョブ・ディスクリプション(職務記述書)があり、責任・権限の範囲や具体的な仕事内容、期待される成果や予算枠などが詳細に記載されていると聞く。それ以外の仕事が急に発生しても「絶対やらない」と突っぱねているのだろうか。
ある会社では、増やしつつある外国人労働者たちから「その仕事は雇用契約書にない」と言われるケースが目立つようになってきたという。
外注したら年間1000万円もかかる
――地方の工場長です。数年前から外国人労働者を受け入れてきましたが、ここのところ彼らが団結して、主張を強めるようになってきました。
うちの工場では、トイレ掃除を従業員自ら行っています。そのことで、清潔に使おうという意識が高まりますし、清掃会社に支払う外注費も節約できました。
外国人が数人のときは、日本人に混ざって手伝いをしていましたが、人数が増えるにつれて不満が漏れ出し、ついには「トイレ掃除は私たちの仕事ではない」と言い出しました。
彼らの言い分は「雇用契約書に書いてない」とのこと。しかし、箸の上げ下ろしまで全て契約書に盛り込むなんてことはできません。
トイレ掃除も工場内の設備であり、作業場周りの清掃もさせているので「これは“その他付随する一切の業務”に含まれてるんだ」と言いましたが、どうしても認めません。
ずっと以前には、職場の掃除は就業時間外に、それぞれが自主的にやっていたことを思い起こすと、隔世の感があります。
いまのところ仕事はとても真面目にやっているので、事を荒立てたくないのですが、もしも彼らが従わないと、年間1000万円の外注費がかかってしまいます。どう考えればいいのでしょうか――
臨床心理士・尾崎健一の視点
見えないコストを考え、外注化の検討も
外資系企業に勤務していた経験上、この外国人労働者の言い分は分かる気がします。雇用契約書の記述の仕方の問題だけでなく、雑務に対する意識の問題もあるのでしょう。日本人は「誰かがやらなければならない」という空気の中で、掃除やお茶汲みなどを従業員が自分でやっている会社が少なくありません。しかし海外では、トイレ掃除やコーヒーの準備、コピーといった業務は、それを専門に行うスタッフの仕事であり、他の人が侵すべきではないという文化の国もあります。
また、コスト感覚の違いもありそうです。日本では、目に見える出費を重視して「自分たちでやればタダで済む」と考えますが、海外では単価の高い労働者は本務に専念すべきであり、その他の周辺業務をやることはコストに合わない、むしろムダが生ずる行為という感覚があります。まして付随業務を「就業時間外」にやることなど、彼らには考えられないはずです。目に見えないコストを考えると、トイレ掃除は外注することも検討してよいのではないでしょうか。
社会保険労務士・野崎大輔の視点
「その他付随する業務」はできるだけ明記する
昔の派遣社員は「ファイリング業務」で契約しながら、お茶汲みでも掃除でも何でもやらされていた時期があったようです。しかし、いまでは行き過ぎた拡大解釈は許されず、「その他付随する業務」がある場合には、可能な限り業務内容と時間(または業務全体に占める割合)を記すように指導されています。今後も、この方向は変わらないでしょう。
ご質問の工場で、引き続き外国人労働者にトイレ掃除をさせようとするならば、派遣社員と同様、「その他付随する業務」として明記する必要が出てくると思います。その上で、雇用契約を結ぶ際に「仕事はするが、トイレ掃除は受け入れられない」という人も出てくるかもしれません。これまで日本のサラリーマンは、社員である限り会社の言うことには何でも従うのが当たり前で、何ごとも集団のルールが最優先されてきたように思います。しかし、外国人に限らず、これからは若い人たちの中からも、そういう空気を受け入れない人が出てくるのではないでしょうか。
(本コラムについて)
臨床心理士の尾崎健一と、社会保険労務士の野崎大輔が、企業の人事部門の方々からよく受ける相談内容について、専門的見地を踏まえて回答を検討します。なお、毎回の相談事例は、特定の相談そのままの内容ではありませんので、ご了承ください。