会社に損害を与えず、職場の秩序を乱さなければ、私生活に干渉されたくないと思うのが人情だ。給与が安ければ、なおさらだろう。
しかし、会社としてはいろいろ気になることもある。ある会社では、自分の部下が多額の借金を抱えているという噂を聞いて、上司が「今のうちに辞めさせた方がいいのでは」と悩んでいる。
「臓器を売ることになるかも」
――食品商社の総務担当です。先日営業部長から、部下のAさんを辞めさせた方がいいのでは、という相談がありました。
Aさんは30代後半、ギャンブル好きの男性社員。特にパチンコと競艇のベテランで、ハマリすぎたせいか複数の金融機関に借金をしているようなのです。
Aさんと飲みに行った同僚から聞いた話では、最近浮かない顔をしていることが多いので、どうしたのかと尋ねると、
「ギャンブルで作った借金が溜まりに溜まって、返せるアテもない。このままでは臓器を売らなければならないかもしれないな」
と苦笑していたというのです。とはいえ同僚に対して「貸してくれ」と頼んでいるわけでもないし、会社に借金の取立てが来ているわけでもありません。
でも、それが本当であれば、金銭にだらしない部下は自分の手許に置きたくないし、これから大きな問題を起こすのではと不安で仕方がない。だから今のうち辞めさせるべき――。部長はそう訴えるわけです。
Aさんの営業成績は下降気味ではあるものの、勤怠状況は普通ですし、この話を聞かなければ外面的には特に問題の見られない社員です。
事実関係は未確認ですが、手遅れになる前に手を打っておきたい気もします。まずはどのように対処したらいいのでしょうか――
社会保険労務士・野崎大輔の視点
解雇は難しいが、異動は必要かもしれない
まずはAさんの勤務状況をあらためて観察し、気になる点があればAさんを呼んで、借金など生活上の問題がないか本人に確認します。とはいえ、多額の借金が事実であったとしても、直ちに解雇することは難しいでしょう。犯罪行為をしているのでもなければ、借金は私生活上の問題にとどまり、会社に損害を及ぼしているわけでも職場の秩序を乱しているわけでもないからです。
ただし、一般的に金銭問題を抱える人は、経理など多額の現金を扱う仕事に就かせないというのが労務管理上の定説です。借金返済の見通しが立たないうちは、営業であっても金銭を扱う仕事から外すという選択肢もあるかもしれません。もちろん、きちんとした返済計画が立つようなら従来の仕事でも構いません。必要に応じて債務整理の専門家などを紹介できればベストです。もちろん、不正を起こしにくいダブルチェック体制は、Aさん以外の仕事においても必要なことです。
臨床心理士・尾崎健一の視点
「ギャンブルで多額の借金」は立派な依存症
住宅ローンなど一般的な生活のための妥当な事情ではなく、ギャンブルを続けるために多額の借金をしてしまうのは、もう立派な依存症といえるでしょう。「私生活上の問題」と放っておくのはリスクが高いのではないでしょうか。依存症は本人ひとりだけの力では脱却するのが難しく、精神科など専門の医療機関を受けさせるか、GA(ギャンブラーズ・アノニマス)といった自助グループの力を借りるべきです。依存症からの脱却には家族の協力が不可欠ですし、背景に家族の問題があるかもしれないので、家族も一緒に相談できるのが理想です。
また、多重債務者の35%は自殺を考えたというデータもあり、借金苦から自殺リスクが高まることが問題視されています。総務・人事担当としては、そのような事態に発展しないように「依存症」や「多重債務」に関する基本的な知識を持っておき、必要な場合に情報提供できるようにしておくのも会社として取れる対応ではないでしょうか。
(本コラムについて)
臨床心理士の尾崎健一と、社会保険労務士の野崎大輔が、企業の人事部門の方々からよく受ける相談内容について、専門的見地を踏まえて回答を検討します。なお、毎回の相談事例は、特定の相談そのままの内容ではありませんので、ご了承ください。