「私は部長ができます」――。ある企業を部長職で退職した男性が、人材紹介会社の担当者に「何ができますか?」と聞かれたときに答えたセリフがこれだそうだ。
これには人材紹介会社の担当者でなくても、失笑を漏らすに違いない。自分の経験・技能が他の会社でどれだけ役に立つかをアピールすべき時に、「何のとりえもないが、何となく部長におさまっていました」と言っているようなものだからだ。
上司の顔色ばかり見ていた人に「マネジャー」務まるか
本来、マネジャーとは「マネジメント」という専門の技能を持った人が行う仕事だ。これはプレイヤー(社員)に要求される能力とは異なる。一流のプロ野球の選手が一流の監督になるとは限らない、というのは良く知られた話だし、成績抜群のセールスマンをマネジャーに据えても普通はうまくいかない。
この能力をつけるために、欧米ではMBA(経営学修士課程)などで学ぶのが一般的だ。そこでマーケティングや組織、会計など「管理職のプロ」としての基本知識を獲得し、修了後は若くしてマネジャーとして業種を問わずいろんな企業で活躍しながら研鑽を積んでいく――というキャリアが待っている。
一方、日本の企業では、長年勤めた社員に対し、論功行賞として管理職に昇進させるのが一般的だ。昨日まで上司の顔色ばかりうかがっていた人が、ある日突然管理職に昇進しても、準備ができているはずもない。このシステムの欠陥が、日本組織の問題の一つだ。
さて、管理職に必要な能力には色々なものがあるが、日本人が特に弱いと思われるのが次の二点だ。まずは「コミュニケーション能力」。日本の管理職は社内政治は上手だが、消費者や取引先、株主とのコミュニケーションや、マスコミその他一般社会との対話能力が劣る例が多い。
しかも日本ではスピーチが上手な人を「口八丁」などといって低く見る傾向にあり、企業の幹部には話ベタなのがむしろ称揚されるほど。日産自動車のカルロス・ゴーンCEOのように自信をもって明確に話せば、聞き手も納得しやすいのだが。
もう一つは「危機管理能力」。マニュアルに沿って仕事を行うのは、普通の社員の仕事だ。マニュアルでは対応できない事態が起きた時こそ、マネジャーの出番となる。しかしその対応に合格点を上げられる例は少ない。記者に突っ込まれて「オレは寝ていないんだ」などと叫んだ社長がいたが、それではお話にならない。普段、まったく準備をしていなかったのがミエミエである。
米銀行の女性本部長は「毎朝5時」に出勤する
それでも日本企業の業績はこれまで決して低くなく、ものづくりに秀でた自動車や電機などのメーカーは世界に羽ばたいてきた。その理由は、管理職の能力・スキルの低さを、まじめで従順かつ均一な現場の従業員が補ってきたためだろう。
しかし、通信や物流、ホテルや金融といったサービス業では、海外で通用する企業は現れておらず、今後は国内需要だけでは先細りになっていくことだろう。メーカーだって、このままでは新興国に追い抜かれてしまう。
この状況を打破するためには、プレーヤーとマネジャーの役割の違いを認識し、あくまでも「マネジメントの専門能力」の高い人をマネジャーとして登用することが必要だ。悪平等ではない、公平な意味でのエリート採用・育成である。
そして、登用されたマネジャーたる日本の管理職は、さらにハードワークすることを前提に、もっと高い報酬を得るように努力すべきと思う。
欧米の企業では、マネジャーになると給料がぐんと上がるので、それに見合った業績と責任が求められる。トップのほうになると「いつ寝ているのだろう」と思うほどタイトなスケジュールが組まれている。私がバンク・オブ・アメリカのニューヨークで投資銀行業務をしていたとき、当時の本部長(女性)は毎朝5時には出社していた。
日本企業の経営者や管理職の報酬があまり高くないのは、実は「ほどほどの給料で、ほどほどの仕事」しか望んでいないからなのかもしれない。偉い人ほどよく働くのは、当然だと考え直すべきだろう。
小田切 尚登