昔の労働運動に、職場で決められた名札をつけないことで会社への抵抗を示す「名札拒否闘争」というものがあったそうだが、今や知る人も少ないだろう。
それを真似たわけではないだろうが、ある会社では「就業時間中は胸に名札をつけなければいけない」という社内規則に従わず、外したままの若手社員が増えているという。
「フェイスブックとかで検索されると困る」
――中堅商社の人事担当です。当社では、社内では従業員全員に左胸に名札を付けるよう社内規則で定め、徹底をしています。
いろんな部署の人が混じって会議を開くことも多く、中途入社もいるので、従業員同士が名前を覚え合って交流することを促すのが目的です。名前を知られても恥ずかしくない、責任ある言動を取ってもらうという意味もあります。
ところが最近、若い人たちの間で、堂々と名札をつけない人が増え始めました。ベテラン社員の中には「何をいまさら」といってつけない人が以前から時々いましたが、若い人の「反乱」は最近の新しい傾向です。
営業や総務など、対外的にお客様を迎える人たちがつけないのは、非常によくないと思うのですが、彼らとしては、
「フェイスブックとかのソーシャルメディアで、会社の名前や苗字で検索されると簡単に発見されてしまう。プライベートのことまで覗かれてしまうからイヤ」
という言い分があるようです。どこに住んでいるか推測されると、ストーカーにあったりするおそれもあるのだとか。
女性たちからは「結婚や離婚で名前が変わったりすると、名札で分かってしまうのがイヤ」とのこと。個人情報をいろんな人の前に晒すなんて耐えられない、といいます。
しかし、こちらも業務上必要なことなので、あらためて上司を通じて徹底し、従わない人には罰則を含めた指導をしようと思います。問題はないでしょうか――
社会保険労務士・野崎大輔の視点
正当な理由があれば名札着用を義務づけできる
電話受付を含めて名前を相手に知らせることは、業務上欠かせない場合があります。理由が正当なものであれば、会社は就業時間中の従業員の服装を制限することができますし、制服や名札着用など特別な服装を義務づけることも可能です。服装や髪型を含め、社内ルール(ガイドライン)を作ることもでき、それに従わないことで社内処分を行うことも可能です。これは日本のみならず、海外においても同じことです。
ストーカーのおそれについてのクレームは、名札の問題というよりソーシャルメディアの使い方の工夫として検討すべきでしょう。インターネット上の書き込みは不特定多数の人に見られる可能性があることを意識し、知られたくないプライベートな情報などを表に出さないよう運用するか、クローズドな環境を作って運用するかのいずれかになります。名札をつけない理由にはなりません。
臨床心理士・尾崎健一の視点
新しい問題に対応するための聞き取りはすべき
ソーシャルメディアの運用などを含め、基本的に野崎さんの指摘通りと思いますが、個人情報に対する敏感さは、かつてと比べて大きく変わっています。従業員の不満や不安を聞き取り、打てる対策は打っておいてもよいと思います。
たとえばコールセンターの中には、珍しい苗字だと個人が特定されるので、別の苗字に置き換えて実質的に匿名で受け答えをするところもあると聞きます。特定の個人に連絡が行くメールアドレスや電話番号は知らせず、連絡先は共有の窓口とし、トラブルが起きたときに管理職が対応するようにし、ストーカーなどの発生を回避しています。
これと同じように、受付窓口に限っては匿名を使うという運用があってもいいかもしれません。会社の目的もあるのですから、結婚・離婚の問題はあっても社内では制限は難しそうですが、時代の変化と共に新しい問題が生まれてきます。想定外のことがあるかもしれないので、従業員の声には耳を傾けておいた方がいいと思います。
(本コラムについて)
臨床心理士の尾崎健一と、社会保険労務士の野崎大輔が、企業の人事部門の方々からよく受ける相談内容について、専門的見地を踏まえて回答を検討します。なお、毎回の相談事例は、特定の相談そのままの内容ではありませんので、ご了承ください。