米国式の「寄付」が最善といえない理由

   日本人に比べてアメリカ人は多額の寄付をすることが知られている。2009年にアメリカ人が慈善寄付をした総額は3000億ドル(約25兆円)。日本の一般会計税収が37兆円程度であるから、それの約3分の2に当たる金額だ。

   これをアメリカ人1人あたりの金額に直すと(赤ん坊も勘定に入れて)8万円強となる。このように多額の寄付を与える習慣が根付いている背景には、キリスト教の影響や、貧富の差の大きさなどがあるとされる。

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寄付の半額が「税金」から支払われる

   しかし、もっとも重要なのは「税制」であろう。米国では慈善事業に寄付をすると税金の控除を受けられる。いわば一種の経費のように処理できるということだ。

   これにより「どうせ税金に持っていかれるのならば人にあげたほうがよい」ということで、人々が積極的に寄付を行うということになる。日本の富裕層が

「日本がアメリカのような税制ならば、自分ももっと寄付をするのだが」

というのもあながちウソばかりともいえない。

   ということで、日本も米国にならって寄付に対する優遇税制を進めるべきという意見があるが、反対に、米国型の寄付税制に対する疑問の声もこのところ大きくなっている。

   プリンストン大学経済学部のラインハート教授は、ニューヨーク・タイムズ紙(2011年1月11日号)に「民間の慈善事業はどれくらい民間か?」という記事を発表した。教授は寄付金の「税額控除」というシステムに疑問を呈している経済学者のひとりだ。

   教授の説を理解するために、具体例を考えてみよう。たとえば富裕層Aさんの限界税率(最高税率)が50%であったとする。Aさんが100万円を慈善事業に寄付をするということはどういうことか。

   日本のように税額控除がない場合は、Aさんが100万円を懐から出して終わりである。

   しかし、米国のように税額控除がある場合は、Aさんが自分の懐を痛めるのは50万円にすぎない。残りの50万円は税金から払われる。つまりAさん以外の納税者が負担するということだ。Aさんは人の役に立って良い気分だろうが、実はその半分は他人のカネで行っているのだ。

   ラインハート教授は言う。

「Aさんの100万円の寄付は米国政府の統計では民間の慈善事業に分類されるが、これは正しい呼び方ではない。これはむしろ民間人の犠牲と税金による補てんの合わさったものだ」

   確かに、これでは一般の市民の懐に手を突っ込んでカネを集め取っている、と言われても仕方のない面がある。

「金持ちの方が負担少ない」では不公平だ

   それでも、本当に援助が必要な所、例えば貧しい人々に食べ物や生活必需品が渡るのであれば人々は納得するであろうが、その点についても実際には疑問が多い。

   米国の寄付金の行き先を見てみると、宗教団体への1000億ドル(全体の33%)というのが圧倒的に大きく、教育の400億ドル(13%)がそれに次いでいる。

   キリスト教徒がイスラム教の団体に寄付をすることはまずないだろうから、要は自分の信ずる宗教団体に寄付をしているのだろう。教育についても、自分の出身校あるいは子弟の通う学校への寄付が多いとみられる。

   つまり、金持ちが個人的に支援したい先について、税金から補助金をもらっている、というべき状況だ。

   さらに、税金の控除がなされると、税率の高い人すなわち所得の高い人ほど、寄付するときに政府から多くの補助をもらえるということがある。

   先ほどの例のAさんは50万円の補助をもらうが、限界税率25%の普通のサラリーマンBさんが100万円寄付するときは25万円しか補助をもらえない。「金持ちの方が負担が少ない」というシステムは公平とは言えないだろう。

   アメリカでは、ビル・ゲイツやウォーレン・バフェットなどの大金持ちが何百億円、何千億円の寄付を各所に行なっていることが美談として語られる。それ自体を否定するものではないが、そのような米国式のやり方を無批判に称賛するのも問題だと思う。本当に公平な仕組みはどういうものか、我々もじっくり考える必要があるのではないか。

小田切 尚登

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小田切尚登
経済アナリスト。明治大学グローバル研究大学院兼任講師。バンク・オブ・アメリカ、BNPパリバ等の外資系金融機関で株式アナリスト、投資銀行部門などを歴任した。近著に『欧米沈没』(マイナビ新書)
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