1844年4月の晴れたある日。ある男がハイキングの途中で、料理をしようと火を起こしたところ、瞬く間に森に燃え広がった。彼は危うく難を逃れたが、米国北東部マサチューセッツの森740ヘクタールほどが焼失してしまった。
彼はこう記している。「私は森に火をつけてしまったが、それ自体が悪いことではない。雷が落ちても山火事は起きる」――。これは『森の生活』で有名な作家ヘンリー・デビッド・ソローの話である。
ガソリンも電力消費も少なくてすむ
ソローは自然を愛した人物として有名で、今も世界中に根強いファンが多い。しかし地元では、山火事を起こした男として「軽薄な奴」「ろくでなし」などと散々な言われ方をされていた。
ソローが自然を愛する態度を批判するつもりはない。我々だってみんな自然が大好きだ。都会の喧騒から離れて大自然に囲まれると、心からリフレッシュされる。
しかし、自然の中にいるということは、自然に負荷をかけているということでもある。本当に自然を守りたいのであれば、人間は自然に近付かないのが一番だ。
これはつまるところ、地球に優しい生活をしたいのならば都会に住んだほうがいい、ということになる。アスファルトとビルに囲まれた大都市こそが、自然に優しいのだ。
ハーバード大のエド・グレーザー教授は新著“Triumph of the City(都市の勝利)”(邦訳未刊)で、大都市に住むメリットを主張している。同書によると環境面で大都市が有利なのは、おもに次の2点によるという。
1つ目は、「移動によるガソリンの消費が少ない」ことだ。地方での移動手段は自家用車が基本であり、しかも移動距離が長い。一方、大都市は密集しているので移動距離が短く、さらに地下鉄やバスなどの公共交通手段が発達しているので自家用車に頼ることは少ない。どちらが環境にやさしいかは自明であろう。
2つ目は「1人あたりの電力消費が少ない」ことだ。家庭での電力消費の多くを占めるのが冷暖房である。一戸建ての家ではどうしても熱が外に逃げていく部分が大きくなるが、マンションは周りの家と接しているので熱効率に優れる。マンションでは一戸当たりの平均床面積が狭いのもよい。加えて、ビルが高くなるほど人の集積は進み、エネルギー効率は向上する。
ニューヨークの温室効果ガスは全米平均の3割
デビッド・オーウェンが著した“Green Metropolis(緑の大都市)”によると、ニューヨークの1人当たりの温室効果ガスの排出量は7.1トンで、全米平均(24.5トン)の3割程度しかないという。
マンションに住み、移動に自家用車を使わない人々が環境に大きく貢献していることは、このデータからも分かる。
このような見方は、多くの人の直感に反するものかもしれない。オーウェンも「大都市こそ、実は環境にやさしい」という考えを納得させるのに苦労したと同書で告白している。
氏はある人から、「ニューヨークがエコな街だって? それは単に皆が狭い所に押し込められているからだけの話。偶然の産物だよ」と言われたそうだ。
これに対し、オーウェンは「何の強制もせずに環境に優しくなるのが一番良い方法」と反論している。
どこに住むかは、個人の自由。地方に住むことのメリットが色々あることも、もちろん承知しているつもりだ。しかし、大都市でのコンパクトな生活は、意外にも自然環境によい面があるという見方もあわせて知っておきたいものだ。
小田切 尚登