トヨタ労組が、ベア要求を見送った。人も設備も、過去の過剰投資のツケを抱えたままなので、これ自体は当たり前の話だが、この流れは多くの大手企業に影響するだろう。
ところで、2000年代に入ってからの数年間は(大手中心とはいえ)好況が続いたにもかかわらず、サラリーマンの賃金は下がり続けている。なぜ日本人の賃金が上がらないのだろうか?
終身雇用が日本人の賃金を抑えている
昔調子に乗って賃上げしすぎたとか、人採りすぎたとか、企業によっていろいろな事情があるとは思うが、日本人の賃金が上がりにくい最大の理由は「終身雇用だから」である。
ご存じのように、日本ではいったん賃上げしてしまうとなかなか下げられないし、クビも切れない。
とすると、十年後の業績がどうなっているかを予想して、もっとも低い予想でもペイできるくらいにしか上げられない。
なぜって? 「生涯雇え。賃下げもするな」というのは、裏を返せばそういうことだから。
誰でも、将来の収入を予想してマイホームや車のローンを組むだろう。それで、あまり収入が増えないだろうなと予測すれば、そんなに多額のローンは組まないはずである。あれと同じことを会社もやっているわけだ。
経済全体がのぼり調子の時、誰でも賃金が上がっていくわけだから、これは万人向けの好システムだ。
ただ、今の日本のように、経済状況から人口構成、年金、財政等で課題山積み、というかほとんどお先真っ暗な場合は、普通に働いてサラリーも貰っている普通の労働者にとっては、強力な昇給ブレーキがかかってしまう。
東大や京大、早慶といった上位校で、年俸制の外資や新興企業人気が高まっているのも、突き詰めれば同じ理由だ。
企業には「業績向上」に専念してもらおう
ちなみに、10年卒の東大生就職人気企業ランキング(文理総合)で、トップ10にメーカーは1社も入らない一方、外資金融、コンサルは3社エントリーしていた(週刊東洋経済・調査)。
日本企業がルールを変えない限り、納税者が一定のコストを負担して教育した国産エリートは、外資に流れ続けるだろう。
さらにいえば、我々はもっと恐ろしいコストを負担しているかもしれない。
もし、過半数の企業が「将来に対する悲観的な予想」をして、それに見合った賃金に今から抑えようと努力すれば――。
本当は未来なんて努力次第で変えられるはずなのに、恐らくその予想は予想でなく、現実になるだろう。
ただ、処方箋についてははっきりしている。「従業員の生活の安定」については国が引き継ぎ、企業には「自社の将来の業績を引き上げること」にのみ専念させればいい。
みんなの将来の予想を変えるのは難しいが、もっと大胆に今を振る舞えるように制度変更するのは、そんなに難しいことではないはずだ。
城 繁幸