先日、知り合いの若手編集者と久しぶりに会ったら、なんでも新しくできる新興出版社に転職するという。年俸制に基づく完全実力主義の組織だそうで、これまでの会社とは180度違うカルチャーだという。
彼は、誰でも知っているベストセラーを何冊も手掛けている優秀な編集者で、20代の頃、僕の本の編集をしてくれたこともある。
もう過去の貢献に多くの褒美は出せない
そういえば以前、彼からこんな質問をされたことをふと思い出した。
「20代で大ベストセラーを出しても、お給料は上がりません。せいぜい社長賞がついてくるくらい。僕は働き損なんでしょうか?」
有能な日本の若手が、組織に対して常に感じる疑問と言っていい。それに対して、僕はこう答えた。
「君が40代になった時、会社が君の年功を憶えていて、かつ業績に余裕があったなら、出世という形で報いてくれるだろう」
ただし、今のご時世、20年先のことは誰にもわからない。待遇の安定した大手出版社も例外ではない。
だから、いつ組織を離れてもいいように、市場価値を意識した仕事をしておくべきだというのが、僕のアドバイスだった。これはいつも書いていることでもある。
その後の出版不況については、あらためて述べる必要もないだろう。20年どころか、たった数年の間に、あちこちの出版社で早期退職募集や昇給抑制が実施されている。
もはや出版社は、他の日本企業同様、過去の年功に対しては多くの褒美は出さないだろう。報酬のルールが変わったのだ。
それを見越して、まだ若手の間に実力主義の組織に移るのは合理的な選択である。彼はしっかりとそれだけの準備をしてきたということだ。
「時間」という財産を自分に投資しよう
言われたことをこなすだけではなく、自分の頭で考えて必要な仕事を作っていく。十分すぎるお給料をもらっていても、それを当然のものだと思うことなく、
「本当に自分には、それだけの価値があるか」
と常にチェックし続ける。
それをある程度やってきた人間なら、レールの無い世界でも十分生きていけるだろう。
彼のエピソードは、若手にとってとても重要な教訓を含んでいる。雇用の流動化にせよ、社会保障の世代間格差にせよ、残念ながら、国が先手を打ってメンテしてくれる可能性はとても低い。
それがジワジワくるかドカンと来るかはわからないものの、今後は彼のように、変化の荒波に各自で対処せざるを得なくなる人間が増えるはず。
資産は少なくても、若者には「時間」という最高の財産がある。それを、自分の能力や経験といった人的スキルに投資しておくことは、とても効率のよい資産運用と言えるだろう。
城 繁幸