組織や集団が追いつめられると、形勢を一気に逆転してくれる英雄を待ち望む気分が高まってくる。しかし、現実はそう甘くない。ある会社では、「新ヒーロー」として期待を集めた人の仕事ぶりに落胆が広がっている。
「さすがだ」経営者の評価は高いが
――小売業の人事です。最近、経営企画部に対する社内の評判が、すこぶるよくありません。部長は、営業部から昨年抜擢した38歳のA氏。
一時は社内の危機を救う「新ヒーロー」と期待された彼ですが、矢継ぎ早に社内システムの変更を進めるやり方のまずさが不評の原因のようです。
先日完成した「新経理システム」も、お披露目後の評判は最悪でした。つぎはぎで作ってきたシステムをひとつに統合したことや、画面を見映えをよくしたのはいいとして、従来から使い勝手の悪さが指摘されていた部分はそのまんま。
経理部長は「なんで現場の声をロクに聞かずに勝手にやったんだ」と怒り心頭。監査部長は「経費をかけて作り直すなら、ミスや不正を防止するしくみを新たに盛り込むべきだった」と不満顔です。
古巣の営業部で新しく導入したグループウェアも業務に合わず「誰も使ってませんよ」と言われる始末。作り直した物流管理システムも「入力を間違えやすくなったし、訂正も恐ろしく面倒」で、納品サイクルを1日伸ばした製品群も。
ただ、A氏自身は「目に見える成果を生み出している」と鼻高々で、数千万円の合理化を達成したとレポートを出しています。「スピード経営」を掲げる経営陣も、これまで成果を上げられなかった前任者と比較して「さすがA君だ」と高く評価しています。
現場の社員たちは「あの人の力量は疑わしいね」「なんかうさん臭くてイヤ」と不満を漏らしつつも、「新ヒーロー」に表立って文句を言えずにいます。どうしたものでしょうか、と言っても始まらないのですが――
臨床心理士・尾崎健一の視点
新任担当者には「微妙な心理」が生じる
抜擢された新任担当者には、「自分が既存のしくみを刷新してやろう」という心理が生じやすいものです。新しい仕事を前に張り切っている面もありますが、前評判の高さに応えないと期待外れと思われないかという恐怖心も湧いてきがちです。そこで、手っ取り早く目立つことのできる「いままでにない改革」をしようとします。もちろん外部の視点から見ることで、しがらみを排した取組みができることもあり、守旧的な反応に振り回されてもいけません。とはいえ重要なのは「業務が改善されたか、効率化されたか」であって、やみくもに変えることではないはずです。
A氏の抜擢もシステム見直しも経営陣の意思でしょうから、人事部レベルではどうしようもないでしょう。せめてもの抵抗で、現場の声を人事担当役員に伝えてみてはどうでしょうか。会社のためにならない仕事が高く評価されるのは、全体の業績評価にも関わることであり、人事としても看過できないと言うべきです。
社会保険労務士・野崎大輔の視点
業務システムの見直しには「鉄則」がある
ある程度の規模の会社であれば、管理職たるもの、正しい業務システムの見直しの手法は十分理解しておくべきです。その「鉄則」とは、業務のしくみ・プロセスで達成すべき「目的・目標の再確認」から始めることです。その上で、達成に向けて現状で不足していることや問題点を改善しながら、プロセスややり方を見直しつつ、新しいシステムに落とし込んでいきます。そもそも問題点がないのなら、しくみは見直す必要がありません。A氏がこの鉄則を守ったかどうか分かりませんが、どんなシステムでも現場の声とともに顧客と経営の視点でレビューをして改善を続けることは不可欠でしょう。
余談ですが、質問内容だけでは分かりませんが、なぜこんなことが起こったのでしょうか。部長がシステム業者のいいなりで進めているのではないか、裏でリベートをもらっているのではと勘ぐりたくもなります。陰で不正が行われていないとよいのですが。
(本コラムについて)
臨床心理士の尾崎健一と、社会保険労務士の野崎大輔が、企業の人事部門の方々からよく受ける相談内容について、専門的見地を踏まえて回答を検討します。なお、毎回の相談事例は、特定の相談そのままの内容ではありませんので、ご了承ください。