当時43歳の大手グループの社員が会社のビルから飛び降り自殺をしたのは、上司の課長から「死ね」「辞表出せ」と言われたことが原因――。東京地裁は、自殺を労災と認めなかった国の処分を取り消し、「業務が原因と認められる」とする判決を下した。
「たかが仕事で」と非難殺到
報道によれば、判決は上司の叱責について「企業における一般的な程度を超えていた」と判断。「他人が見ている前で公然と行った」「言葉が激しく感情的」「他の管理職から注意されるほどだった」という点もポイントとなったようだ。
このニュースに対しては、ネットにはこの上司を非難する声が大きく上がった。
「たかが仕事で、上司が死ねとか言う権利あるの?」
「辞めさせたけりゃ解雇しろ。辞表出せとか追い詰めたいだけ。卑劣だ」
「こういうヤツは自分が病院に行ったほうがいい」
また、「なんでこいつ殺人罪にならないの?」「どうみても自殺教唆だろ」「傷害致死じゃないか」など、罪名を上げる書き込みも。
この上司は、実際にそのような罪に問われることがありうるのだろうか。みらい総合法律事務所の辻角智之弁護士によると、労災認定はあくまで労働災害かどうかの判断であり、民事および刑事の問題は別に生じるという。
「民事については、『辞めろ』と退職を強要したことや、パワハラで自殺に追い込んだことについて、上司本人に対して不法行為に基づく損害賠償請求が認められる可能性があります。この請求が認められた場合には、会社の使用者責任も問われるでしょう」
賠償請求には精神的な損害だけでなく、被害者が将来受けられたはずの収入なども加えられる可能性があるようだ。
また、刑事では、パワハラ自体が「脅迫罪」や「強要罪」に該当したり、パワハラが原因で被害者がうつ病になったと認定できれば「傷害罪」に該当したりする可能性もあるという。
「公然とやらなければ大丈夫」ではない
しかし現実には、捜査機関は原則として「民事不介入」という姿勢が強いうえ、自殺には本人の体質や職場以外の要因も関係して立件が難しいこともあり、警察などが動いて刑事事件として取り上げる可能性は相当低いという。
「傷害罪に該当したとしても、死亡までの因果関係が否定される可能性が高く、傷害致死まで成立する可能性は低いでしょう。また、パワハラのみをもって自殺を教唆したと認定することも困難であり、自殺教唆罪が成立する可能性は低いと思います」
景気低迷によりパワハラまがいの退職強要は増えているが、上司の叱責によるパワハラ自殺が労災認定されたケースは珍しい。その理由について辻角弁護士は、叱責をパワハラと認定すること自体が、ひとつの難関となるためだという。
「叱責による指導は通常の会社では当然あることですから、職権を乱用した嫌がらせかどうかは判断が難しい。それだけに本件の場合は、誰もが認める相当ひどい叱責内容だったと思われますね」
仮に叱責がパワハラと認定されたとしても、パワハラからうつ病を発症し、さらに自殺したとの因果関係が認定されることにもハードルがある。泣き寝入りする人も少なくないことを考えると、このハードルの高さは理不尽な気もする。
また、今回の判決には「他人が見ている前で公然と行った」などの点もポイントとなったようだか、どういう理由なのだろうか。
「他人に目立たないように叱責する場合は、その社員のため、もしくは会社のためと考えられやすい、ということではないでしょうか」
他人の前で非を追及することは、たとえ批判が正しいことであっても本人の名誉を傷つける行為であり、配慮に欠ける。ただ、閉め切った室内での叱責も「密室でのイジメ」と捉えられるおそれもあり、公然とやらなければパワハラにならないというわけではなさそうだ。