売上や利益を水増しする「架空循環取引」が明らかになり、2010年8月に決算を修正したワイン会社メルシャン。07年12月期から09年12月期で純損益が赤字へ転落、不適切な取引による損害の総額は65億円にも上った。公開された「社内調査報告」と「第三者委員会報告書」を読むと、自らの立場を守ろうとする「人と組織の弱さ」が見え隠れする。
「キリン傘下入り」で事業部長が危機感募らす
「実はその売掛金、実態のない架空請求によるものなんです――」
10億円近い売掛金が期限を過ぎても支払われなかったため、半年前に赴任した新任の水産飼料事業部長が入金予定を尋ねた答えだった。
2010年5月10日、ある養殖業者の申し出により、メルシャン水産飼料事業部を中心とした不正取引の存在が明かされた。
水産飼料事業部門は、タイやハマチなどの養殖魚のエサを製造・販売する部門。アルコール製造により発生する残りカスを利用した養殖魚飼料の生産を開始したのは、1975年のことだ。
社内では傍流の事業であり、事業所は四国や九州などの遠隔地にあって、他の事業部との人事交流もほとんどない。
不正が始まったのは、08年1月。それ以前にも取引業者との間で、さまざまな帳簿上の数字の「貸し借り」をしていたが、そこに使用禁止成分のエサへの混入や、台風による養殖魚の全滅などのトラブルが発生。損失を隠すために、飼料製造会社の工場長を務める会社OBらとともに、「循環取引」の開始を決めた。
これに先立つこと約1年前、メルシャンはキリンビール(後のキリンHD)の傘下に入っている。
「会社は水産飼料事業から撤退する方針だ」
そう捉えた当時の水産飼料事業部長は、取引先との統合による生き残りを画策。後にこの取引先へも出向し、事業部との癒着を強めた。
不正取引自体は、モノを動かさずカネだけ動かす古典的な手法だ。メルシャンが養殖業者Aに架空の売上げを立てる一方、飼料製造会社Bに架空に製造委託したエサの費用を支払う。B社はA社から、架空購入したエサの費用を支払い、A社はこの費用でメルシャンへ売掛金を支払う。
責任を押しつけ合う監査部門と担当役員
このシンプルな不正は、実はいちどは内部監査によって発覚寸前の状態になっていた。
09年半ばに、常勤監査役と監査部長が在庫管理の問題を疑い、保管されているはずの原料が倉庫になかったのではないかと2人の担当役員に説明を迫っていたのだ。
この時点で事が明るみになっていたら、被害額は膨れ上がらずに済んだはず。しかしこの問題は、経営会議や取締役会に報告されることはなかった。
当時の監査役は、その理由を第三者委員会報告書で次のように述べている。
「もし社長に報告した場合には、2人(の役員)を窮地に追い込むことになるし、担当役員において、自らの責任で事の解決もしくは真相の究明を行った上で、社長に報告するのが一番いい(と思った)」
監査部長も「(キリン出身の)社長に話せばキリンホールディングスを巻き込んで大問題になってしまう」「(メルシャン出身の2人の役員)が本事業部に対して直ちに何らかの対応をするはず」と、報告しなかった理由を述べている。
一方で、2人の担当役員は、
「監査役・監査部には調査権があるのであり、事業部側の人間が勝手に動いて混乱を来たすなどのことをしてはいけない(と判断した)」
と述べ、やはり自分たちから問題のおそれがあることを明らかにしなかった。
結局、不正はその後も、何もなかったかのように続けられた。誰の説明が本当のことなのか。全員が自らの責任を放棄したのか。真相は「藪の中」だが、いずれの言い分も、会社の損害を食い止めようとするよりも、不正が発覚して自分たちに火の粉がかかるリスクを考え、問題に目をつぶって先送りしたという感が否めない。