メンタルヘルス不全の休職者数は、一時のような急増傾向が弱まったものの、まだまだ少なくないらしい。ある会社では、期待の新人が入社半年で「抑うつ状態」と診断されて、採用担当者にクレームが入ったという。
「来年はメンタル重視」と言われても
――中堅専門商社の採用担当です。先日、営業課長から部下のBさんのことでクレームを受けました。Bさんは今年の春に採用した女性で、高学歴で容姿端麗、そつのない受け答えで面接を通過し、社長も即OKを出した新人です。
試用期間を終え、先輩との営業同行もこなしてきたので、この秋からお客さまを数社担当してもらおうという段になって、課長はBさんから「もう少し待っていただけますか」と言われたのだそうです。
詳しく話を聞くと、この夏の猛暑で心身ともにダルイと感じたBさんは、病院に行ったところメンタル専門医を紹介され、「抑うつ状態のおそれがある」と診断されたとのこと。要するに「うつ病の一歩手前」で、「休職するほどではないが、無理をせずに様子を見るように」と言われたのだそうです。
課長は、「困るんだよなあ。これから働いてもらおうというときに」「ムリに頑張れって言っちゃいけないんだろ?」と苦りきった顔でいいます。配属を決めたときには「いい人材をありがとう!」と握手して喜んでくれたのに・・・。
念のため、採用時の履歴書を見たところ、健康状態の欄には「良好」とありましたし、既往症の欄にも「なし」と書かれていました。そういう人でも、仕事をしているうちに健康状態を崩すこともあるでしょう。
営業から突き上げをくらった人事部長は、やれやれといった表情で、
「来年の採用は『うつ病予備軍』は入れないこと。メンタル重視で行こうな」と軽く言いますが、具体的に何ができるのでしょうか。
入社希望者をこれ以上フィルタリングするためには「ストレス診断」のようなテストをさせて、うつ病予備軍を調べる方法もあるかもしれませんが、本当に抑うつ状態になる人をなくせるのか、テスト結果をもって求職者を排除できるのか不安もあります――
臨床心理士・尾崎健一の視点
ストレス診断で「うつ病予備軍」は判断できない
うつ病の診断は、面談している医師でさえ診断を迷うこともある難しいものです。厚生労働省の検討会では、職場の健康診断に「メンタルヘルス調査票」を取り入れる動きがありましたが、調査票で陽性となった人に不調でない人が多く含まれるなどの理由で見送りとなりました。そんな困難なことを入社時にあわてて実施し、結果をもって求職者をフィルタリングすることは「無理」と言ってもいいと思います。性格診断やストレス状態のペーパーテストは、自己の振り返りや医師、心理士の対応の参考などに使うべきであり、会社が何らかの判断に使うことは偏った判断を生む元となります。
うつ病は、本人の性格要因と、周囲の環境要因の複合で発症するものであり、性格の一側面だけ取り上げてもしようがありません。会社が環境要因の問題を改善しなければ、来年も再びBさんのような人が出るおそれもあります。会社の規模に関係なく、経営者・管理者の意識の問題が大きいと思われます。
社会保険労務士・野崎大輔の視点
「打たれ弱さ」を前提にして付き合う
経営者や人事担当者から「最近の若手社員は打たれ弱い」という話をよく耳にします。この背景には、経済・教育など社会環境の問題や、日本の企業風土の問題が彼らの志向と起こすミスマッチなどがあると思われます。
打たれ弱い社員をうつ病患者にしないためには、社内ストレスの2大要素「長時間労働」と「人間関係」の負荷を軽減することが早道です。ただ、会社というのは利益を上げる仕事をする場であり、社員が仕事を通じて成長しキャリアアップを図る場でもあるというのは外せない前提です。時には定時を過ぎて働く必要もあるでしょうし、人間関係の摩擦が生じるのもおかしなことではないと個人的に思います。
Bさんが抑うつ状態になった理由はわかりませんが、事前に見分けて排除するよりも、残業代も払わずに徹夜させるとか人格を否定して怒鳴りつけるとか、そういう違法・不当な行為を避けつつ、「打たれる」ことへの免疫を徐々につけられるよう配慮することも考えるべきではないでしょうか。
(本コラムについて)
臨床心理士の尾崎健一と、社会保険労務士の野崎大輔が、企業の人事部門の方々からよく受ける相談内容について、専門的見地を踏まえて回答を検討します。なお、毎回の相談事例は、特定の相談そのままの内容ではありませんので、ご了承ください。