演出家のテリー伊藤氏といえば、大の巨人ファン、長嶋茂雄信者として有名だが、いま注目しているのは中日の落合博満監督なのだそうだ。現役時代3度の三冠王に輝き、監督として6年間で3度の日本シリーズ出場、日本一1回。それなのに、なぜか人気がない。しかしテリー氏は「いま、この日本の閉塞感を打破するための答えを示しているのは落合監督だ」とまで言い切っている。
「考えてごらんよ。野球は9人でやるんだよ」
――新監督としての第一声、落合監督は選手たちを前に、こう言った。
「あなたたちに1年の猶予を与えます」トレードも補強も首切りもしない。この1年間は、ここにいるメンバーだけで戦う。ここにいる全員で優勝をとりにいく。主力選手もクビすれすれの選手も、先入観なしに、まっさらな目で、この目で見させてもらう。チャンスは全員にある。やったヤツだけが生き残り、やらないヤツは落ちていく。
そんな明確なメッセージを打ち出し、それを実行していった落合監督・・・
「監督。巨人がまたスゴイ選手をとってきましたけど、脅威は感じませんか?」毎年のように巨人に大物選手がトレードやFAで新加入することについて、何度か落合監督に聞いてみたことがある。
「そんなもの、ぜんぜん怖くないよ」他球団ならば、このクラスの選手が1人いるかどうかというほどの大物が、ほんの数年の間に巨人に大集合しているのだ。こんなことは、長いプロ野球の歴史のなかでも、他に類を見ない。
それでも、怖くないという根拠は、こうだった。
「だって、テリーさん。考えてごらんよ。たとえ何人すごい選手が入ってきたって、野球は9人でやるんだよ。10人でやるわけじゃないんだ。セ・リーグは、ピッチャーをのぞけば8つしかポジションがない。8人しか出られないんだよ。だれか1人がよそから入ってきたら、別のだれか1人がはじき出されることになるわけだからね」プロ野球をよく知っている人であればあるほど、「そんなの無理だよ」とか「また何を言い出すんだ」ということを、落合監督は就任以来今日まで、ことあるごとに言ってきた。そして、その言葉通りの結果を何度も示して見せた。それは落合監督が「常識」とか「固定観念」などというものにまったくとらわれることなく、自分が信じた道だけを進んできたからだ。
(テリー伊藤著『なぜ日本人は落合博満が嫌いか?』角川oneテーマ21新書、42~55頁より)
(会社ウォッチ編集部のひとこと)
落合監督は04年の就任直後、「補強は一切しない。いまの戦力でも十分に優勝できます」と宣言。キャンプで一軍・二軍の枠を取り払って競争をさせ、実力のある若手を抜擢した。その結果、就任1年目で見事リーグ優勝。4年目には日本一を果たしている。勝利のためには非情な投手交代もいとわない一方で、主役である選手たちへの気遣いは深い。「この戦力じゃ無理だな」「あいつはダメだ」といったボヤキも言わない。これまでサラリーマンに人気のあった野村克也監督のような愛想はないが、これからは落合監督の徹底した合理主義に注目が移るかもしれない。