のどから手が出るほど欲しい売上と新規取引先。しかし、欲にかられると周囲が見えなくなって、思わぬ落とし穴に落ちることもある。ある会社では、若手営業マンの待望の初契約が、なぜか幻に終わってしまったという。
社員に責任を取らせ辞めさせていいのか
――中小繊維メーカーの営業課長です。ここ数年は景気が悪く、顧客の仕入れ量も減少続きで製造も絞らざるを得ません。そんな中、中途採用で昨年入社した若手営業マンのA君が、繊維卸売のB社から数百万円の新規受注案件を持ってきました。
彼が自信満々で「あの会社は大丈夫です。前の会社でも何度か取引がありましたし」と言うので、私もGOサインを出しました。上司として最大限サポートしたいという気持ちもあり、夜遅くまで付き合って提案書や商品選定を進めてきました。
無事納入を済ませてから2か月後のある日、経理担当から「B社の入金が遅れている」と連絡が入りました。A君に電話させると、担当者と連絡が取れません。嫌な予感がして事務所に走らせましたが、すでにもぬけの殻。
B社が倒産して夜逃げしたのか、当社がいわゆる「取り込み詐欺」に引っかかってしまったのかは、まだ詳細が分からず、調査を進めているところです。いずれにしても金額が小さくないので、社内処分なしには済まされない空気です。
ただ、A君の落ち込みようは激しく、「責任を取って、すぐにでも辞める」とも言っていて、問題発覚後3日経ったいまも自宅に篭り、出社していません。詳しい話はできていないのですが、通常このような場合は、どのような処分とすべきなのでしょうか――
社会保険労務士・野崎大輔の視点
チェックを怠った部長の責任は重い
A君は、転職先で実績を作ることに必死だったのでしょう。部長も、その気持ちを十分に理解した上で、応援はしても足を引っ張ることはしたくなかった。そこに隙ができたと言わざるを得ません。原因は新規の大口受注にもかかわらず、与信管理が甘かったことに尽きます。本来は部長が「与信のチェックはやったのか」「手が回らなければ他の者にやらせよう」と確認するべきでした。部長の思いやりの気持ちは分かりますが、相談内容から判断すると、入社したてのA君よりも、チェックを怠った営業部長の責任が重いでしょう。
重大な報告漏れなどがない限り、A君は譴責(始末書の提出)、部長は「過失により会社に損害を与えた」として減給が適当と思われます。処分の重さは就業規則に基づいて決めます。恣意的な重すぎる処分は、後から損害賠償を請求されるおそれがあります。
臨床心理士・尾崎健一の視点
もしかすると騙されたのかもしれない
気になるのは、A君が「B社とは、前の会社でも何度か取引があった」と言っていること。もしかすると旧知のB社と共謀して、会社を騙しているのかもしれません。退職を認める前に、A君には契約に至るまでの経緯を必ず確認しましょう。共謀詐欺の疑いが濃くなれば警察に届けます。その場合も営業部長は「騙された」では済まされず、管理不行き届きで処分とならざるを得ないでしょう。
なお、不正を引き起こす要素には、「個人的な金銭問題」「業績や競争に対する過度の圧力」「業務のノーチェック体制」「評価への不満」などが考えられます。社員が個人的な借金を抱えている場合や、会社が極度の緊張状態に置いて社員にプレッシャーをかけている場合には、売上の水増しなどの不正が生じるリスクが高まるわけです。常日頃、服装や言動などにも注意を払い、不審な点があれば同僚から聞き取りをしたり、本人にさりげなく質問するなども必要です。
(本コラムについて)
臨床心理士の尾崎健一と、社会保険労務士の野崎大輔が、企業の人事部門の方々からよく受ける相談内容について、専門的見地を踏まえて回答を検討します。なお、毎回の相談事例は、特定の相談そのままの内容ではありませんので、ご了承ください。