少子化対策、子育て支援は社会的な課題でもある。しかし、人員面でも金銭面でも、余裕のある会社は多くない。ある会社の課長は、妊娠した部下が会社を休みがちで、仕事が滞りがちになっていることに頭を抱えているという。
以前から溜まっていた不満も噴出
――中堅メーカーの営業課長です。女性営業アシスタントのAさんについて、困っていることがあります。彼女は妊娠6か月ですが、つわりが酷いらしく、かれこれ10日ほど会社に顔を見せていません。
妊娠が明らかになってから何回か休みを取っており、通算すると1か月近くになる勢いです。このため部の仕事が滞っており、部下からは
「Aさんには辞めてもらって、代わりにもっと若い人を採用しませんか」という提案まで挙がっています。
就業規則を見てみると、確かに解雇事由として「病気等により1か月以上出社困難な場合」という項目があります。連続ではないですが、同じ理由でまとめて通算すると当てはまりそうです。
もともと彼女は遅刻や早退が多く、残業の指示にも従わないので、使いにくいとは感じていました。本人がいなくなってからは、部下たちから
「実はお願いしたことをきちんとやってくれていなかった」という不満も噴出しています。
「以前からミスが多すぎた」
しかし、妊娠は病気かどうかわからないので、適用できるかどうか分かりません。一方、これまでも問題の多かった社員なので、これを機に退職させるのが会社のためかとも思うのですが、いかがでしょうか――
社会保険労務士・野崎大輔の視点
妊娠中の解雇はリスクが高く慎重にすべき
男女雇用機会均等法には、妊娠中の女性労働者および出産後1年を経過しない女性労働者に対してなされた解雇は、無効とすると定められています。したがって、原則としてAさんを解雇することはできません。ただし同法では
「事業主が当該解雇が妊娠や出産を理由とする解雇でないことを証明したときは、この限りではない」
ともされており、日頃の勤務態度や仕事ぶりが著しく悪く、就業規則の解雇事由に当てはまる場合には解雇できるということになります。
しかし、タイミング的には当然妊娠や出産を理由とした解雇と見られますので、訴訟トラブルになった場合のリスクが高く、よほどのことがない限りお勧めできません。「病気等により1か月以上出社困難な場合」という就業規則も、妊娠が理由では適用しにくく、他に休職制度などを設けていればそちらを適用することになります。出産後の勤務態度であらためて判断するか、リスクを避けて出産後1年が経過するまで様子を見ざるを得ません。
臨床心理士・尾崎健一の視点
体調不良時の評価は通常勤務と別に行う
妊娠は病気ではありません。次世代を担う子どものためにも、働きながら出産や子育てができるしくみづくりを、会社が率先して行う姿勢を見せるべきです。安心して働ける社会への貢献も、会社の機能の一部であり社会的責任でもあります。「人を大切にする会社」は従業員の帰属意識も高まり、優秀な従業員に長く働いてもらうことで生産性も向上します。今回は、つわりが重いAさんには休職してもらい(無給)、一時的に派遣社員やパートタイムの人などに来てもらうことも手だと思います。
課長は、つわりによる休業と以前からの勤務態度を混ぜて考えていますが、これは切り分けて考えるべきです。通常の勤務と体調不良などを理由とした非常時の勤務とで、評価を分けましょう。非常時の勤務態度を理由に処分をするとトラブルを招きやすいです。通常・非常時の切り分けは、勤務時間が判断の目安となります。1日8時間勤務が可能であれば通常業務扱いにしてもよいでしょう。体調が落ち着いてから勤務時間や働き方、処遇についてあらためて話し合った方がよいと思われます。
(本コラムについて)
臨床心理士の尾崎健一と、社会保険労務士の野崎大輔が、企業の人事部門の方々からよく受ける相談内容について、専門的見地を踏まえて回答を検討します。なお、毎回の相談事例は、特定の相談そのままの内容ではありませんので、ご了承ください。