セクハラは「受け手側の主観による」という考え方が浸透したことで、嫌がらせを受けた人が泣き寝入りするケースが減ったのはよいことだ。しかし、ある会社では「主観」を振り回して職場でひんしゅくを買っている女性社員がいるらしい。
課長はウンザリ「声かけただけ」
――中堅商社の人事です。当社は2年前からセクハラ対策として、規程を作成したり、研修を実施したり、相談窓口を設けたりするなど、さまざまな取り組みを行ってきました。それによって、社員の認識は高まりましたが、一部の女性社員の反応が過敏になっているような気がします。
先日も、営業事務をしている女性社員のAさんから、人事にクレームがありました。
「B課長が、私の事をいやらしい目で見るんです」最初は「いい加減にして欲しい!」と感情を高ぶらせて相談に来るAさんですが、窓口担当者が話を聞くと、いつも落ち着いて仕事に戻っていました。しかし、今回は違いました。
「休みの日は何してるの、と聞いてくる男性社員がいるんです」
「なれなれしく肩を触ってくるんです」
「B課長から『2人きりで飲みに行こう』と誘われました。これって完全なセクハラですよね? 前からB課長からセクハラされてるって相談してたじゃないですか。会社がきちんと対応してないってことですよ。弁護士に相談しますから覚悟して下さい!」完全に怒鳴り込みモード。いつまでたっても怒りが収まりません。担当者はAさんの話を聞き、B課長を呼びました。B課長は驚いた顔をしましたが、すぐにうんざりした表情に変わりました。
「Aは最近、仕事に身が入らない様子だったんですよ。だから、相談に乗ろうかと『元気ないな、飯でも行くか?おごるよ』と言っただけです。他意はありません。善意でやったことがこんな風に言われるのなら、もうAには関わらない!」B課長によると、Aさんは何かというと職場で「セクハラだ」と大声を出すことがあり、心当たりのない同僚たちは不快に感じていたのだそうです。女性の同僚に聞いても、セクハラといえるような行為を目撃したことはないという回答が。
「セクハラは主観的なもの」という研修を徹底してきましたが、今回の件は、客観的に見るとセクハラと言えるかどうか、いまのところ不明です。しかし本人は「弁護士に相談する」と言っていますし、どうすればよいのでしょうか――
社会保険労務士・野崎大輔の視点
「終業後に部下の異性と会わない」原則も
今回の件は、被害を訴える人が冷静になって事実を整理すれば、しっかりした証拠がなく訴訟になりえないことに気づくのではないでしょうか。会社で問題となる事実が確認できなければ「弁護士に相談するのだけは勘弁して欲しい」などと臆病になる必要はありません。ただし、事実を捏造されて無理やり訴訟に持ち込まれるおそれもないとはいえません。会社が敗れることはないとしても、そのために時間や労力を割かれることは避けたいところです。
このようなトラブルを避けるため、米国の企業ではセクハラ対策の一環として「終業後に部下の異性と2人きりで会わない」という原則を作り、発覚したら直ちに注意処分するところもあるようです。事実関係がはっきりしていれば、スピード解決によって悪影響を最小限にするという考え方も一つです。会社が誠実に、即座に対応した事実を示して事態を収拾することは、被害者から信頼されます。
臨床心理士・尾崎健一の視点
「思い過ごしじゃないの?」は厳禁。丁寧に事実確認を
今回のケースに限らず、セクハラの相談に対して「本当に?」「信じられないなあ!」「思い過ごしじゃないの?」という反応は厳禁です。まずは被害を訴える人が、何にどう傷ついたのか耳を傾けることが重要です。そして、会社として「事実確認をする」「問題となる事実があれば厳正に処分する」ことを約束します。その上で、関係者に聞き取りを行いましょう。B課長がウソをついている可能性もあるので、調査はあわてず丁寧に、時間をかけて行ってよいと思います。期間が短いと「本当にちゃんと調べたんですか?」と言われかねません。
問題となる事実が確認できなければ、Aさんにはその結果を伝えつつ、「B課長には訴えがあったことを伝え、注意を促した」と言えばよいでしょう。Aさんも仕事をしながら誤解を解いていくのではないでしょうか。ただし、B課長が怒ってAさんの仕事を干したりすると「セクハラの訴えで不利益を被った」と問題が蒸し返されることもあるので、B課長にもフォローが必要です。
(本コラムについて)
臨床心理士の尾崎健一と、社会保険労務士の野崎大輔が、企業の人事部門の方々からよく受ける相談内容について、専門的見地を踏まえて回答を検討します。なお、毎回の相談事例は、特定の相談そのままの内容ではありませんので、ご了承ください。