個人情報保護が厳しく求められるようになったことで、さまざまな迷惑行為や不安から逃れられるようになった。一方、情報の扱いに非常に敏感になっている人もいて、会社の管理部門は情報管理の重要性を認識しつつ、やりにくさを感じているところもあるようだ。
家族から「再検査しなさい」と言われて発覚
――小売業の本社総務部に勤めています。先日、支店で営業を担当している20代のAさんが、すごい剣幕で電話してきました。
「会社は、僕の健康診断の結果をなぜ漏らすのですか!」ひとり暮らしをしているAさんの元に、実家の母親から電話がかかってきて、「会社から電話がかかってきたわよ。ちゃんと再検査しなきゃダメじゃない」と言われたのだそうです。Aさんは、なぜ自分の健康診断の結果を会社が勝手に家族へ知らせたのか、腹が立って電話をかけてきたのです。
調べてみると、Aさんは前回の健康診断の結果、「要再検査」の項目があり、健康診断機関から2次検査を受けるよう通知が届いていました。しかしAさんは、仕事が忙しいことを理由に、そのまま放置していました。
そのため、本社総務部の担当から支店の総務担当に連絡が行き、本人に再三受診するよう伝えましたが、まったく従う様子がなかったため、支店から「緊急連絡先」の実家に電話をし、本人に受診を勧めるよう頼んだようです。総務部の担当に確認すると、
「Aさんは、通常は20程度の肝機能の数値が、700を超えていたんです。早急に精密検査と治療が必要という内容で、健康診断機関からも『このままでは危険だ』と言われ、しかたなく緊急連絡先に電話したんです。まったく迷惑な人ですよ!」と憤慨していました。本人によかれと思ってやったことが、怒りを買うことになったわけです。しかし、「健康診断の結果を他人に漏らすのは、法的にも問題ある」とクレームを入れられると、本人が嫌がっているのだからまずい対応だったかなとも思います。
ただ、従業員の健康や生命に関わることなので、「自己責任」として事務的に処理するのも無責任な感じもします。このようなとき、どうすべきなのでしょうか――
臨床心理士・尾崎健一の視点
個人情報は「本人の同意」なく開示できる場合もある
従業員の健康に関する情報は、個人情報に当たります。会社には、従業員の健康情報を管理し、指導していく義務がありますが、他人に知られたくない情報が含まれている可能性があり、扱いには特別な配慮が必要です。個人情報を開示する際には、原則として本人の同意が必要ですが、人の生命や身体、財産の保護に必要な場合には、本人の同意なく開示することができます。
この例外は個別の事情によるので、今回のケースが該当すると明確に言い切れませんが、従業員の健康は他の何にも代えられないので家族に連絡したという判断もありうると思います。ただし、本人に対して「健康や生命に危険が及んでいること」を十分に伝えられていたか、また事前に「家族に知らせますよ」と伝えて本人の同意を得る努力をしていたか、ということは問題または反省点になると思われます。
社会保険労務士・野崎大輔の視点
再検査を受けない従業員は「働かせない」ことができる
労働安全衛生法では、使用者に対して健康診断の実施を義務づけており、健康診断の結果についても本人に通知しなければならないとしています。しかし2次検査を受けさせる義務までは定められていません。ただ、健康を害しているおそれのある従業員をそのまま働かせているうちに、従業員が倒れてしまったような場合には、遺族から安全配慮義務違反で損害賠償を請求されるリスクがないとは言えません。
まずは本人の上司に事情を知らせ、仕事を中断させて強制的に病院に行かせることです。また、一般的な就業規則には「医師が就業不適当と認めた者は、就業させない」という就業禁止規定があると思われます。再検査通知は、従業員が健康を害しているおそれがあることを示しているわけで、再三の指示に従わない場合には、念のため産業医と相談しつつ、就業禁止という措置もやむをえません。
(本コラムについて)
臨床心理士の尾崎健一と、社会保険労務士の野崎大輔が、企業の人事部門の方々からよく受ける相談内容について、専門的見地を踏まえて回答を検討します。なお、毎回の相談事例は、特定の相談そのままの内容ではありませんので、ご了承ください。