世間で「ブラック会社」と呼ばれる会社を渡り歩き、現在は人事コンサルタント、大学講師、そして「ブラック企業アナリスト」として活躍されている新田龍さんに、映画『ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない』の試写会後に感想を聞いた。(聞き手:野崎大輔)
「働くとはどういうことか」を考えさせられる映画だ
――普段、日本映画はご覧にならないそうですが
新田 20年ぶりくらいでしたが、とても面白かったです。メッセージが明確で「働くとはどういうことか」を考えさせられる、いい映画でした。私は大学卒業後、世間から「ブラック会社」と言われる会社で働いていたので、長時間労働や人間関係、納期へのプレッシャーなど、自分の記憶をたどって共感できたところも多かったです。
登場人物も、怒鳴り散らすリーダーや、彼に抑圧されている「上原さん」(中村靖日)、強い者にぶら下がる腰巾着の井出(池田鉄洋)、救世主の藤田さんなど、必要最小限の要素でうまく構成していて、非常によく研究しているなあ(笑)と感心しました。
―― 一流大学を卒業して、なぜ進んで「ブラック会社」に入ったのですか
新田 学生時代に起業の経験もあって、いつか自分で本格的に起業したい、そのための経験を積みたいと考えて、一番いい環境を選んだつもりでした。そういう目的意識があったので、他人から「ブラック会社」と言われても気にならなかったし、仕事はとてもきつかったですが、乗り越えなければならないと考えていました。
――近著の『人生を無駄にしない会社の選び方』には、ブラック会社の見破り方のノウハウが満載ですが、その一方で、その会社が「ブラック」かどうかは働いている人の腹のくくり次第で変わるところもある、と書かれていますね
新田 そうですね。ひとことで「ブラック会社」と言っても、グレーな会社を含めて、いくつかの種類があると思います。零細企業だから、ベンチャーだから、ハードワークだから、安月給だからという理由で、会社や働くことをバカにしていても、自分も会社も成長できません。
労働環境×業務内容で分かる「真のブラック企業」
――では、どういう点をチェックポイントにすればいいのですか?
新田 例えば、会社を「労働環境」と「業務内容」から見てみます。労働環境が恵まれていて業務内容もよい「ホワイト企業」は、社会人人生において何の懸念もない、自他ともにハッピーな企業なはずです。学生も入りたがります。
しかし、一人ひとりの社員の働き方は、ぬるま湯的である可能性があります。社内でしか通用しないスキルばかり高めた結果、会社がつぶれたときに労働市場での価値が低い人しか育たない。他の会社で雇ってもらえる能力が磨かれていないのです。
――ホワイトだから問題なし、とも言えないのですね
新田 次に「グレー企業」ですが、これには2種類あります。ひとつは、業務内容は良いけれども労働環境が劣悪な「見た目優良企業」。マスコミや外資系金融、広告代理店や旅行代理店などに多いのでは。ハードワークや封建的な体質で、すぐにでも辞めてしまいたいんだけど、一流企業のブランドがあったり、その利権にあずかれたりするので辞められない会社です。
もうひとつは、労働環境は悪くないけれども、業務内容が良くない「自分的優良企業」。投機性が極端に高い商品を扱う一部の金融機関や不動産会社などは、ここに入るでしょう。顧客無視の要素があり、忌み嫌われることもありながら、実績を上げれば高い報酬を得られるような会社ですね。
――残る「ブラック企業」は、業務内容も労働環境も悪い会社ですね
新田 そうです。ただ、制度面や経営者の性格を細かく見ると、これもいくつかに分けられるでしょう。悪徳商法や社員の使い捨てを意図的にやっている「真性ブラック会社」と、商材やサービスのレベルが相対的に低い零細企業や経営基盤が弱いベンチャー企業を、同一に「ブラック会社」とは扱えないでしょうね。
成功や失敗の経験は「財産」 やり切ることで見えてくる
――もし自分が入った会社が「ブラック企業」だったら、どうすればよいですか
新田 真性ブラック会社の場合は、すぐに辞めたほうがいいです。ただ、それ以外の場合、その会社にいることで得られることもあります。辞めるのは、それをやり切ってからでも遅くはないでしょう。
どんな会社であっても、自分たちの「限界かもしれない」という壁を乗り越えなければならない時期は来る。映画の「黒井システム」は、このタイプに当てはまると思います。見方によっては、入社2週間でプロジェクトマネジャーを経験できるのは、メリットでもありますから。
――最後に、マ男くんに声をかけてあげるとしたら、なんと言いますか
新田 いまは苦しいけれど、この経験は将来必ず活かすことができる。「やり切ることで見えてくることがある」と言いたいです。私が「ブラック企業」での経験に耐えられたのも、マ男くんと同じ、自分のふがいなさに対する反動だったと思います。
会社に入ったときの自分には「ある程度できる」という根拠のない自信があった。しかし仕事のレベルが上がるにつれて、失敗が増えていった。そのとき「これは人一倍努力しなければダメだ」と気づいたのです。そんな状態のまま投げ出して辞めるのは格好悪いと思い踏ん張ることで、さまざまな成功や失敗の経験を積むことができ、いまは大きな財産になっています。
――その職場には、藤田さんみたいな人がいましたか
新田 いましたね。これをやり切った後に、必ず何かつかめると励ましてくれた。実際には「藤田さん」がいない職場が多いのかもしれませんが、いま「もう限界だ」と思っている若い人には、この映画を見て「藤田さんなら何と言うだろうか」と考えて頑張って欲しいですね。
<インタビューを終えて>
新田さんと私は同い年で、大卒時に就職氷河期に当たった人間として親近感が湧くとともに、厳しい経験に裏打ちされた説得力のある話には圧倒されました。特に「やり切る経験」というキーワードには共感しました。いま活躍されている人は、どこかで「やり切った経験のある人」ではないでしょうか。若いうちに「限界かもしれない」と思うくらいに働くことの大切さを、あらためて感じました。
>>インタビュー1:マイコ「藤田さんも素敵だけど、マ男くんもいいかも」
>>インタビュー2:田中圭「できればカッコいい人と一緒に仕事したい」
>> インタビュー4:佐藤祐市監督「最初に入った会社は月給1万円未満だった」
新田龍(にった・りょう)
就活総合研究所およびヴィベアータ代表取締役。ブラック企業アナリスト。早稲田大学政治経済学部を卒業後、総合人材サービスのG社に入社し、本社企画管理部に配属。後に同業界のI社に移り、人材紹介部門や新卒採用担当を歴任。キャリア教育や人材に関する幅広い事業を行っている。モットーは「すべてのはたらくひとをハッピーに!」。
野崎大輔 特定社会保険労務士、人事コンサルタント。フリーター、会計事務所、上場企業の人事部勤務などを経て、野崎人事労務管理事務所を設立。J-CAST会社ウォッチで「できるヤツと思わせる20のコツ」を連載中。