飲酒のコントロールができなくなり、心身を害したり、周囲に迷惑を掛けたりする「アルコール依存症」。ひどくなると、昼間から職場のトイレなどで隠れて飲まずにいられなくなることもあるようだ。ある会社の担当者は、現場リーダーがアルコール依存症ではないかという噂を耳にして、対応に困っている。
でも現場仕事は止められない
――飲食店の総務担当です。当社は都内に和食料理店を5店舗運営しています。現場は昔ながらの古い体質で、新卒といえども仕事を教えてもらえる雰囲気ではなく、
「先輩の背中を見て盗め」というのが伝統とされています。
もともと厳しい職場環境でしたが、料理長が新しくA氏になってからは離職率がさらに高くなりました。ミスをすると鉄拳制裁は当たり前、時には包丁の峰で叩くこともあったようです。
しかし、A氏は有名店から腕の良さで引き抜かれてきたこともあり、仕事は若手の何人分もこなしており、店長も黙認せざるを得ない状況でした。
ただ、3ヶ月ほど前から状況は悪化し、A氏はたびたび朝方まで酒を飲んで、そのまま出勤して酒臭い状態で仕事をするようになりました。
若手の間では「Aさんはアルコール依存症じゃないか」と噂され、包丁を振りかざすことから『13日の金曜日』のキャラになぞらえ「アル中のジェイソン」と陰口を叩かれています。
辞めずに残っている若手は「実家の飲食店を継ぎたいので、どうしても技術を身につけたい」と我慢していますが、周囲からは
「もはや指導ではなく、感情のおもむくままに殴っている」と見られています。
でも、いまA氏に抜けられれば、現場の仕事は止まってしまうおそれもあります。こんな料理長には、どう対応すればよいでしょうか――
社会保険労務士・野崎大輔の視点
「パワハラ」や「酒気帯び」には就業規則の服務規律で対応
A氏のような暴力行為は、パワハラといわれても仕方がありません。会社としては、就業規則の禁止事項に「素行不良で会社内の秩序または風紀を乱したとき」という項目だけでなく、「職場等において人をののしり、または暴行を加えないこと」というパワハラ禁止事項を入れておいた方がよいでしょう。ただ、A氏に注意しても「自分の若い時はこんなもんじゃなかった」などと言って、立派な指導だと主張するかもしれません。ただ、昔と今とでは働く人の意識や環境が変わっています。現場が回らないという店長の悩みも分かりますが、会社の指導に従わなければ解雇も念頭に入れた対応も必要です。
また、たまに飲みすぎて二日酔いで職場に出てくることは許されてもよいと思いますが、たびたび酒気帯びで仕事をしているとすれば、就業規則の服務規律に違反することになるでしょう。注意しても改善されない場合は依存症のおそれがありますので、専門的な治療が必要です。
臨床心理士・尾崎健一の視点
アルコール依存症は「個人の問題」では済まされない
A氏は、アルコール依存症にかかっている可能性があります。職場では個人の問題とされることが多く、治療プロセスが進みにくい病気ですが、職場の生産性を考えれば会社で働かせておくことは避けるべきで、できるだけ早く診断を受けさせ専門的治療を施さなければなりません。包丁を振りかざす暴力行為は病気との関係は不明ですが、間違いなく「危険な行為」です。事実関係を調査し、会社として厳重に対処しましょう。
周囲から見て明らかに異常であっても、アルコール依存症の患者は自分の病気を認めようとしない特徴があります。勤怠状況や日常的な行動を提示して、問題を具体的に指摘して治療のステップにもっていきましょう。いきなり解雇したりすると、暴力的に反抗されるリスクがあることも頭に入れておく必要があります。治療にあたっては、アルコールを飲まずにはいられない職場やプライベートの問題が潜んでいる場合もあり、解決するための心理療法や、「断酒会」などの自助グループを含む専門機関や社会的支援が必要になることもあります。
(本コラムについて)
臨床心理士の尾崎健一と、社会保険労務士の野崎大輔が、企業の人事部門の方々からよく受ける相談内容について、専門的見地を踏まえて回答を検討します。なお、毎回の相談事例は、特定の相談そのままの内容ではありませんので、ご了承ください。