先日、所用で電車に乗っていたときのことです。
車内は帰宅するのか、遊びに行くのか、高校生や大学生が大勢いて、混雑というほどではないにしろ、結構な乗車率でした。
車内アナウンスが聞き取れないほどの大音量が響く
学生たちがザワザワと話しているなか、突然、とても大きな着信音が鳴り響きました。一瞬、車内がシンと静まったほどの音です。
それも、なかなか鳴り止みません。すぐに会話に戻っていた学生たちも、イラッとした感じで音がする方をチラ見しています。
着信音の主は、車内中ほどの席に座っていたお婆さんでした。
気づかなかったのか、気づかないそぶりをしていたのか、しばらく知らぬ顔をしていましたが、隣に座っている人や近くで立っている人の視線を感じてか、ようやくバッグのなかをゴソゴソと探し始めました。
バッグのなかにあって大きな音がしていたぐらいですから、外に出すと、もううるさいぐらいの音量です。実際、次の駅を告げるアナウンスが聞き取れないほどでした。
ところが、今か今かと待てど、着信音はなかなか止まりません。お婆さんが発信相手を確かめたり、出ようか出まいか思案していて、止めるのにもたついていたのでした。
「高齢化社会」と「ケータイ社会」が同時に進展する世の中に
隣の席に座っていた人が、「そこのボタンを押すだけで、マナーモードになりますよ」などと教えようとしています。
すると、お婆さんは、意外なほどハッキリした声で言いました。
「あたしゃね、耳が遠いもんですからね、マナーにすると音が聞こえんで困るんですよ」
「電車やバスに乗るときだけボタンを押してマナーモードにしておいて、降りたらまたボタンを押せば、元通り着信音が鳴るようになりますよ」
「はあ、ありがとうございます。あたしゃね、家族に持たされておるんですが、耳が遠いもんでしてね、マナーにすると電話に出れんのです」
微妙にかみ合っていない会話に、近くにいた学生の一人が、
「うわっ、志村けんの婆さんネタみたい!」
と声をあげ、ちょっと車内の緊張がほぐれました。
高齢化社会とケータイ社会が同時多発的に進展するなかでは、こうしたトラブルが今後も起こるでしょう。
今回は何事もありませんでしたが、場合によっては、事件となってしまうこともありえます。
「使い慣れる」ことへの期待が持ちにくいだけに、高齢者とケータイの問題は、子供とケータイの問題よりも根が深くなるかもしれません。
井上トシユキ