先日、40代の男性係長が自殺したのは上司のパワハラが原因だとして、遺族が労災申請をするというニュースがあった。パワハラは社内でも有名で、従業員の半数以上が実態を証言する文書を遺族に寄せたという。
このニュースを聞いたある会社の人事担当は「うちの会社にもいるんです。同じことにならなきゃいいけど…」と弱りきっている。
有望な若手社員がターゲットになり退職に追い込まれた
――生命保険会社の人事担当です。当社の営業第二部は、社員の離職率が高く、精神疾患で休職する社員も多い傾向にあります。この部を担当して5年になるA部長は、影で「クラッシャーA」とあだ名されています。
彼は、部下を朝礼の場で罵倒したり、自分の机の脇に立たせて叱責したりしており、ときには数時間にも及ぶことがあります。いったん目をつけられると事あるごとに大声で呼びつけられ、最後は決まって人格攻撃になります。感情的になると手がつけられず、多くの社員がその場を目にしています。
たまりかねた部下からの報告を受けて、人事部長がA部長に対し「もう少し穏当にやってくれないか」と注意をしたことも何度かありました。その直後は収まるのですが、しばらくすると元に戻ってしまいます。
最近では、入社3年目のB君が目をつけられました。彼は異動してきたばかりでしたが、前の部署では成績も良く、客先からの評判が良い模範的な社員でした。しかしA部長の叱責が始まってからは仕事のミスが増えてモチベーションを下げてしまい、そのうち体調不良を理由に退職してしまいました。
報告を受けた人事部は、配置転換の提案をして慰留を試みましたが、B君は「人事部の責任も大きいですよね」と冷たく言って、聞き入れてくれませんでした。彼への期待が大きかった会社としては、極めて多大な人材損失になりました。
この件で事情を調査した私としては、A部長を管理職から外すことを人事部長に提案したいと思っているのですが、売上実績の高いA部長は役員から評価されていることもあり、実現は難しそうです。しかしこのままでは、また犠牲者が出そうで心配です――
臨床心理士・尾崎健一の視点
「アンガーマネジメント・プログラム」の導入を検討する
上司と部下、先輩と後輩であっても、育成のために一時的に「叱る」ことがあっても、感情をあらわにして繰り返し「怒る」ことは認められるものではありません。ましてや相手の人格を否定するような叱責は、本人に自覚はなくても、ハラスメントと断じられて仕方がないでしょう。
アメリカのEAP(従業員支援プログラム)では、怒りのコントロールが不得意な人に「アンガーマネジメント」のプログラムを受けてもらうことがあります。怒り(アンガー)に正しく対処し、健全な人間関係を形成する知識・技術を習得してもらうのです。具体的には「怒りの発生の仕組み」を理解させ、「自己の考え方のクセと怒りのポイント」を発見してもらい(自己理解)、「考え方と行動」を修正するというプロセスをとります。日本ではまだ一般的なサービスではありませんが、会社としてA部長にそのようなプログラムを受けさせることも考えられます。少なくとも、自己の振り返りとしてカウンセラー等の個別のカウンセリングを受けてもらった方がよいでしょう。
社会保険労務士・野崎大輔の視点
管理職を外し部下をつけない「専門職」に変更した方がよい
結論から言うと、A部長を管理職から外すべきと思います。これは明らかにパワハラです。何度注意しても改善されないのであれば、懲戒処分とすることも考えられます。ただし、あらかじめ就業規則の服務規律や懲戒の条文に規定を置いたり、パワハラ規程を作っておくことが前提となります。また、即効性はありませんが、継続的に管理職を中心にハラスメントの研修を行い、意識付けをすることも必要です。
人事としては、優秀な社員の定着と長期的な人材育成の視点から、このような管理職を放置しておくことは避けなければなりません。自らの営業能力は優れていても、マネジメントができなかったり健全な人間関係を作れなかったりする営業管理職の話は、よく耳にします。営業専門職として、部下をつけずに仕事をしてもらった方がよいと思います。役員たちには、担当部の離職率や休職者の客観的な数値データを見せて、実情を理解しておいてもらうことも必要です。
(本コラムについて)
臨床心理士の尾崎健一と、社会保険労務士の野崎大輔が、企業の人事部門の方々からよく受ける相談内容について、専門的見地を踏まえて回答を検討します。なお、毎回の相談事例は、特定の相談そのままの内容ではありませんので、ご了承ください。