出張からの帰り、40代の会社員Aさんは新幹線の3人がけの席に座って雑誌を眺めていました。一番通路側の席です。
隣の席、3人がけの真ん中の人は、Aさんが乗ってきた時点で、すでに眠っていました。同じ年頃の、やはりサラリーマンらしき人です。座席の背もたれについているテーブルの上には、大きなビールの缶があります。
一番窓側の席には、初老の会社員らしき人が座って、何やら書類をいじっていました。
ケータイに出たいが出られぬ新幹線
大井川を超えたあたりで、窓側の人のケータイが鳴りました。ズボンの尻ポケットに入っているらしく、そんなに大きな音ではありません。
Aさんは、どうするのかと窓側の人を見やりました。ケータイに出るのなら、前を通してあげなければならないからです。一瞬、窓側の人は迷ったようですが、結局は無視することにしたようです。
かすかに鳴っていた着信音が止まった次の瞬間、再びケータイが鳴りだしました。窓側の人は、真ん中の席の人に視線を投げ、ケータイを取り出し、「切」ボタンを押しました。
真ん中の人はだらしなく寝ているうえ、テーブルとその上に乗ったビール缶が障害となって、Aさんが前を通したとしても、とても通路側に出ることはできません。
すると、またすぐにケータイが鳴りました。窓側の人は意を決したように電話に出て、ささやくように言いました。
「いま移動中だから、後ですぐにかけ直すから」
ところが、相手には聞こえなかったのでしょう。少し大きな声で同じように言い直しました。しかし、また聞こえなかったようです。
「駅に着いたらすぐにかけ直すから!」
声を張って言ったところで、真ん中の人が起きてしまいました。
「うるせぇぞ、電話なら向こうでやれよ!」
いや、アンタが邪魔になってんだよ。Aさんは、心の中でそう思いましたが、窓際の人は「すみませんでした」と謝りました。真ん中の人は、また眠りはじめました。