社員の健康は、生産性に関係することでもあり、会社としてきちんと管理しておきたい事柄だ。法律でも、一定規模の事業場には「産業医」の選任を義務づけ、労働者の健康管理等を行わせなければならないとしている。
しかし、産業医の中には、多忙などを理由に、会社の注文になかなか応えてくれない先生もいるという。ある会社の人事担当者は「そもそも、何を、どこまでお願いできるものなのか」と首を傾げている。
「年1回の健康診断以上のことはできない」と言われた
――流通業の人事担当です。従業員の健康管理については、最近、メタボ健診やメンタルヘルス不全休職者への対応など、以前にはなかった業務が増えてきています。そこで「産業医」の契約を結んでいる近所のクリニックの医師に相談をしているのですが、頼もしい回答が返ってきません。
「先生、メタボ予備軍の特定保健指導のことなんですが…」「社員がパニック発作で要休職の診断書を持ってきたのですが…」などと尋ねても、
「私は生活習慣病が専門じゃないから」と、相手にしてもらえません。
「それは精神科医の領域だよねえ」
最近ほとんど眠れないと訴える社員に、病院に行くよう勧めたら「俺を病人扱いするのか!」と言われたので、産業医に「たまには会社に顔を出して、面談に立ち会ってくれませんか」とお願いしました。
すると産業医は「いま忙しいから」と断ったあげく、社長に対して「年に1回の健康診断以上のことはできないよ。無理な注文をされても困るんだよなあ」とクレームを入れてきました。
この産業医は社長の幼なじみで、かれこれ20年以上も当社の産業医をしてもらっています。ただ、契約書に「月1回の職場巡視」とあるのに、これまで一度も実施されたことはありません。月に5万円も支払っているので、もうちょっと協力してもらえないものでしょうか。こんな状態で社員の健康を守れるのか、心配になってきました――
社会保険労務士・野崎大輔の視点
産業医の役割を認識した医師に切り替えるべき
従業員を常時50人以上雇用している事業所は、「産業医」を置いて労働者の健康管理等を行わせなければなりません。しかし実質的な活動がなく、ほとんど名義貸しのようになっている場合も少なからずあるようです。社員の健康を守るためにも、これからは産業医の役割についてきちんと認識をもった医師にお願いすべきです。社長には「先生には長年やっていただきましたし、最近はコンプライアンスが厳しくなっているので……」と納得してもらいましょう。
理想的なのは、専門以外のケースでも主治医と連携を取って対応を考えてくれる医師です。たとえばメンタルヘルス問題の場合は、見るからに「復職は難しいだろう」と思われる従業員が、主治医に無理を言って「復職可能」という診断書を書いてもらうことがあります。休職期間満了で解雇目前という微妙な場合などは、「自己責任」として診断書を尊重することも考えられますが、それがきっかけで社会復帰を困難にする場合もあります。そんな悲しい例を見ている私としては、産業医が面談して「復職は困難」というセカンドオピニオンを出し、会社が復職を拒否することもありうるのではないかと思います。
臨床心理士・尾崎健一の視点
産業医に職場を定期的に見てもらう工夫も必要
医師には外科や内科、精神科など、すべての診療科目を診る資格がありますが、現実には、専門以外の科目を診断するのが難しい場合があります。したがって個々の病状に対して、産業医から細かいアドバイスを受けるのが困難なこともあるでしょう。野崎さんとは違う視点ですが、セカンドオピニオンは産業医だけに任せず、従業員支援を請け負う民間企業(EAP会社など)や他の病院が提供するセカンドオピニオンサービスを利用することも考えられます。
法律では、産業医の基本業務には「職場の定期巡視」「定期健康診断結果チェックとその後の面談などによるアドバイス」「過重労働者の面談」などが規定されています。まずは、産業医の役割について十分に認識している医師(基本的には産業医の認定資格を持っていることが前提)に就任してもらうことが重要です。そして、休職者の数など社内調査の情報を産業医に提供し、実際に職場を定期的に見てもらったり、健康に不安を訴える従業員の面談をしてもらったりした上で、「労働者の健康管理面」でどのような課題があるのか、アドバイスをもらえるように働きかけていく工夫も必要です。
(本コラムについて)
臨床心理士の尾崎健一と、社会保険労務士の野崎大輔が、企業の人事部門の方々からよく受ける相談内容について、専門的見地を踏まえて回答を検討します。なお、毎回の相談事例は、特定の相談そのままの内容ではありませんので、ご了承ください。