「テレビ局は、精神を病んだ人たちの巣窟だ」
映画『精神』は2009年6月13日、東京・渋谷のシアター・イメージフォーラムで公開される。その後、全国で順次上映される予定だ
想田 そのときに僕の中で、精神科のイメージというか、精神病患者のイメージが180度、コペルニクス的転回をしたわけです。だって、精神病の患者さんというのは、僕は異星人だと思っていたから。「自分とは関係ない」「自分はすごく強靱な精神をもっているから、なるわけがない!」と思っていたんですよ。ところが、自分もなるじゃん!と(笑)。
この体験を人に話すとよく笑われるんですよ。「精神科というのは自分から行くところじゃない。人から強制されて行くんだよ」と。なるほどと思うんだけど、違和感も残りますよね。歯が痛かったら自分で歯医者に行くのに、なぜ精神科はそうじゃないのか、と。これは長く、僕の問題意識として残っていました。それから10年くらい歳月がたって、僕はNHKのドキュメンタリーを作っていたんですけど、そのときまた、同じような体験をしたんですね。
――そのときは、どこで仕事をされていたんですか?
想田 ニューヨークの制作会社に入っていました。そこで受けた仕事として番組を作っていたんですけど、ちょうど2カ月間、日本で編集作業をしなくちゃいけなかったんですね。そのときにすごく辛くて、また、精神的にすごく追い詰められたんですよ。
――それはどうしてですか?
想田 まず寝ないでしょ。それから、働きづめでしょ。しかも、上には怒鳴られる。パワハラのオンパレードで、とにかく辛かった。そのとき、東大新聞のことを思い出して、あのときにも似たようなことがあったな、と。それに加えて、自分の周りを見てみると、似たような人がいっぱいいるわけですよ。もう燃え尽きちゃっているのに、無理してずーっとやっている人とか(笑)。
撮影は2005年秋と2007年の秋に、延べ約30日間をかけて行われた。「自分の境遇や苦しみを誰かにしゃべりたいという気持ちを感じました」
――テレビとか、そういう人が多そうですよね。
想田 めちゃくちゃいますよ。巣窟です(笑)。「叩けばなんとかなる」という空気があって、逃げ場がない。一緒にやっている人のなかに精神科に通っている人がいたり、自殺しちゃった人がいたりして……。僕は2カ月で終わるって分かっていたから乗り越えられたけど、これが永遠に続くと思ったら、絶対に病気になったと思います。
そのときに、映画の着想がわいたんです。「もしかしたら、(心の病というのは)日本全体の問題なんじゃないか? 現代社会のどこにでも似たような話があるんじゃないか?」と。それで、(心の病をテーマにした)映画を撮ったらいいんじゃないかと思いました。まあ、テレビのドキュメンタリーを撮っていたわけだから、普通だったら「テレビでやろうかな」と思うんだろうけど、テレビでは絶対にできないと思ったんですよ。
――なぜですか?
想田 たとえば、テレビだったら、(精神科の映像を撮っても)必ずモザイクをつけるでしょ。「患者の人権、プライバシーを守る」という名目で自分たちを守っているだけなんですけど……。でも、僕は絶対、モザイクをかけたくなかった。モザイクをかけると、逆にタブーを推し進めることになるし、見ちゃいけないもの、触れちゃいけないものという感覚をより強化するでしょう? それに、モザイクをかけて顔を見えなくしたら、人間なんか描けないですよ!
――表情が分からなくなってしまいますからね。
想田 「目は口ほどにものを言う」わけでしょ。だけど、目が見えないんだから、人間なんか描けるわけないんですよ。だから、モザイクは絶対に使えない。だったらテレビじゃ無理だろうというのがあったので、映画として、自主制作でやるしかないなと考えたわけです。
>>「心の病になったからこそ人生が豊かに」 想田和弘監督インタビュー(下)
想田和弘(そうだ・かずひろ)監督 プロフィール
1970年、栃木県足利市生まれ。東京大学文学部宗教学科を卒業後、米国ニューヨークのスクール・オブ・ビジュアルアーツ映画学科で映像制作を学ぶ。1993年からニューヨークに住み、劇映画やドキュメンタリーを制作。これまでにNHKのドキュメンタリー番組を合計40本以上演出している。07年公開のドキュメンタリー映画『選挙』は、ベルリン国際映画祭や香港国際映画祭など世界中の映画祭に招待されて高い評価を受けたほか、日本でも全国で劇場公開され、大きな反響を呼んだ。ナレーションやテロップ、音楽を一切使わない独特の映像スタイル(=観察映画)に挑んでいる。09年6月には、初の著書『精神病とモザイク:タブーの世界にカメラを向ける』(中央法規出版)を刊行予定。