いま職場では、うつ病などメンタルヘルスの問題が深刻化している。仕事や人間関係で追い詰められ、働けなくなったり命を絶ったりする人が増えている。だが心の病は、身体の病気に比べてその実態がわかりにくく、患者と健常者の間には「見えないカーテン」が存在する。これまでタブーとされてきた精神科の内側の世界。そこにカメラを入れ、モザイクなしで人々の表情を撮ったドキュメンタリー映画『精神』が2009年6月13日から公開される。現代人の精神のありように真正面から迫った想田和弘(そうだ・かずひろ)監督にインタビューした。
>>「心の病になったからこそ人生が豊かに」 想田和弘監督インタビュー(下)
大学生のとき、精神科に駆け込んだ
ニューヨークを拠点に映像制作を行っている想田和弘監督。前作のドキュメンタリー映画『選挙』では、日本の地方選挙の舞台裏を生々しく描き出し、海外で高い評価を受けた
――映画のテーマとして「精神の病」を選んだのはなぜですか?
想田 一番の原体験はハタチのころです。僕は、東京大学新聞という学生新聞で編集長として活動していたんですが、寝る間も惜しんで、モーレツサラリーマンみたいな感じで仕事をしていたんですよ。学生新聞なんですけど、年間6000万円の予算があって、大正時代から続く権威ある新聞なので、その編集長というのはすごいプレッシャーなんですね。それで、ある日突然、はたと何もできなくなっちゃったんです。
たぶん、積もり積もった疲れとか、寝不足とか、ストレスがあったんだと思いますが、急に何もできなくなった。特に記事を書こうとすると、吐き気がするんですよ。そのとき、直感的に「これは身体の病ではなくて、精神の変調だろう」と思いました。それですぐに、精神科のドアを叩いたんですね。
――どこの精神科に行ったんですか?
想田 東大の学内に精神科があって、そこに行ったんですよ。本郷の安田講堂の下にある精神科です。そしたら、そこの先生に「君、そりゃ、燃え尽き症候群だよ」と言われました(笑)。僕も「そうだよな」と。先生には「休んでいなさい」と言われましたが、僕は休むどころか、診断書をもらって編集室に戻り、「こういうわけで燃え尽きちゃったから、オレ、この場でやめるわ」と言ったんです。
――そうなんですか(笑)。きっぱりと。
想田 やめたんです。そして「悪いけど、引き継ぎも辛いからできない」と言って、仕事をほっぽりだして足利の実家に帰ってしまったんです。実家に帰ったらすごく安心して、こんこんと眠ったんですよ。そしたら、1週間でケロっと直っちゃった(笑)。原因が取り除かれたから、ほんとに治っちゃったんですよ。でも、もう新聞には戻る気がしなくて……。