独自の記憶管理システムをもつ学習サイト「smart.fm」を運営するセレゴ・ジャパンは、20数人の社員のほとんどが外国人というユニークな会社だ。会長をつとめるのは、創業者でもあるアメリカ人のアンドリュー・スミス・ルイス(41)。20年前に留学を機に来日し、セレゴの前身となる会社を一人で立ち上げた、根っからの起業家である。
21歳。遠い異国の地で起業した
「東京はニューヨークに似て、洗練されている。僕のフィーリングに合うんだ」というアンドリュー
「日本で会社を経営しているのは、前世で日本人だったからだよ」
ヒゲモジャラの人懐っこい顔でそんなジョークを飛ばすアンドリューは、ニューヨークのマッハッタン出身。日本人が多く住む地域で育ち、幼いころから日本への関心が高かった。バージニア大学で柔道をしながら日本語を少し学び、東京・町田にある桜美林大学に短期留学した。
「東京の大学というのでニューヨークみたいな都会かと思ったら全然違った。来日してすぐ、六本木に遊びに行こうと思ってタクシーに乗ろうとしたら『2万円ぐらいかかるよ』と言われて驚いた。仕方なく町田のスナックに行ったら、70年代から時代が止まった感じの店でショックだったよ」
日本では街の看板に書かれた漢字が読めず苦労もしたが、大手企業に社員を海外留学させるシステムがあることを知り、アメリカの大学院を目指す日本人のための予備校を自分で立ち上げようと思い立つ。
「自分にしかできないことを見つけて実行するのが大好き」というアンドリューは持ち前の行動力を発揮して、友人や家族から資金を集め、アメリカの大学院対策予備校ザ・プリンストン・レビューのフランチャイズ権を購入した。そして、大学卒業後すぐに日本でビジネスを始めたのだ。
しかし行動力はあるが、ビジネスの経験はなかった21歳のアンドリュー。開業してまもなく資金がなくなった。そのとき、困り果てた彼を資金面でサポートしてくれたのが、のちにセレゴの共同経営者となるエリック・ヤングだった。
エバンジェリストとして「smart.fm」の良さを広くアピール
経営者として、会社のスタッフに期待するのは創造性。「エンジニアというよりは、デベロッパー(開発者)と呼ぶのにふさわしい人材を求めている」
エリックのサポートのおかげで予備校ビジネスは順調に成長していったが、その過程で、日本の英会話学校の教育方法には大きな問題があることに気付く。
「アメリカの大学院の試験に合格するには英語力が必要なので、生徒さんに『どこの英会話学校に行ったらいいですか』と聞かれるんだけど、おすすめできるところがなかった。日本の英会話学校は教え方が科学的ではないし、点数がどれだけ伸びるのかはっきりしなかったから」
そこで、コンピューター会社のエンジニアに協力してもらって、試験に必要な英単語を効率的に記憶できるソフトを開発した。脳科学や認知心理学をベースにしたそのソフトが生徒に好評だったため、エリックと相談して「記憶管理システム」そのものを提供する新会社を設立することにした。それが、セレゴ・ジャパンだ。
セレゴでのアンドリューの役割は、会社のビジョンを社内のメンバーに指し示すとともに、smart.fmなどセレゴが提供するサービスの良さを対外的にアピールすること。いわゆるエバンジェリスト(伝道師)だ。社交性が豊かで、いろんな人と会って話をするのが大好きなアンドリューにはぴったりのポジションだ。
ディズニー用の学習ソフトは好評だったが……
雑然といろいろな物が置かれているデスクの周り。二つのモニターを見比べながら仕事する
セレゴが開発した独自の記憶管理システムを実用化するため、さまざまな企業との提携話が浮かんでは消えていった。なかでも一番力を入れたのが、ウォルト・ディズニーとの交渉だ。アンドリューの友人がディズニーにいたのがきっかけだった。
「我々にはブランドがなかったので、ブランドがしっかりある会社と組めればいいだろうと思って、ディズニーとの関係が始まった。ディズニーのコンテンツを楽しみながら英語の学習ができるように、いろんな要望を聞きながら、ディズニー用の学習ソフトを開発していったんだ」
さまざまな試行錯誤を経て作られた学習ソフトはディズニー社内でも評判が良く、商品化の一歩手前までいったという。しかし、セレゴの技術力と商品開発力をライバルに利用されたくないと考えたディズニーは、セレゴを買収したがった。
セレゴが「NO」と答えると、今度は独占契約を結びたがったが、それに対してもアンドリューたちは「NO」と言った。あくまでも独立した立場で新たなビジネスチャンスを追求していくという創業以来のスタンスを貫いたのだ。アンドリューは語気を強めて語る。
「我々はほかの会社に吸収されることは望んでいない。ディズニーがコンテンツを提供して、我々がそのためのプラットフォームを作るというスタイルを守りたかった。ディズニーは我々を買収して、うちの財産を独占したがったけど、それはありえないこと。でも、ディズニーには友達がたくさんいるので、いつかまた一緒にできたらいいなと思っているけどね」