「道をひらくためには、まず歩まねばならぬ。心を定め、懸命に歩まねばならぬ」。これは、経営の神様と呼ばれた松下幸之助の言葉だが、未知の世界に挑むベンチャー企業の経営者にもっとも必要なのは、成功を信じて道を歩み続ける志の強さなのかもしれない。渋谷のネットベンチャー、セレゴ・ジャパンの経営者の情熱も相当なものだ。
金融業界からネットベンチャーへ
「日本人は一番こだわりの強い民族。日本で成功すれば、世界でも通用する」と話す
「新入社員は3カ月ぐらいコンサルタントという形で能力をみて、『ちょっと違うな』と思ったら遠慮なく切る。確かに厳しいけれども、我々は世界を変えたいと思っている。世界を変えるほどの根性があるヤツしかいらないんだ」
学習サイト「smart.fm」を運営するセレゴの社長エリック・ヤング(42)は力強い口調で言い切った。アメリカ人らしい合理主義者の一面だ。
アメリカ人の父と日本人の母をもつエリックは、首都・ワシントン生まれ。国務省に勤めていた父の仕事の関係で、インドネシアと日本とアメリカを転々とする幼少期を過ごした。そのため、英語だけでなく日本語も流暢に話すことができる。
クールな外見に違わず、自らを「論理的にものを考えるタイプ」と評する。アメリカ東部の名門・イェール大学で化学工学を学んだのち、大手投資銀行のバンカーズ・トラストに就職。ウォール街でデリバティブのトレーダーとして経験を積んだ。その後、東京駐在のときに同年代のアンドリュー・スミス・ルイス(現セレゴ会長)と知り合い、一緒に会社を立ち上げることになる。
「エリックは、僕が思いついたアイデアをビジネスの観点から一つひとつ検証してくれる」
アンドリューがそう語るように、エリックは金融業界出身というバックボーンを生かし、セレゴの事業戦略と財務を担当している。投資家に事業を説明して資金調達したり、組織づくりをするのが主な仕事だ。
「若い年齢でもインパクトのある仕事ができる」
「うちの連中はみんな勝ちたいと思っている。週末も必ず誰かが出社している」と熱く語る
「セレゴは今まで20億円の資金を投資家から調達しているが、そのうちの9割以上が個人からのもの。1口1000万円以上で、120人近い人に出資してもらっている。個人だからベンチャーキャピタルと違ってドライではない。短期的なマネーメイクを要求しないで、『今はプラットフォームをしっかり作りなさい』と応援してくれる」
芸術家タイプでやんちゃな雰囲気のあるアンドリューに比べると、エリックは知的で落ち着いた印象が強い。しかし、エリートサラリーマンからベンチャー経営の世界へ身を転じただけあって、内には大志を秘めている。
「現在のsmart.fmの会員は45万人強だけれど、10倍の数百万人が当面の目標。また、今は日本人の会員が全体の9割以上を占めているが、我々のターゲットはジャパンじゃなくてザ・ワールド。最初から世界中で成功したいと思っている」
創業から9年。これまで、ITバブルの崩壊でいったん進出したシリコンバレーから撤退するなど、さまざまな失敗も経験してきたが、成功への情熱は失われていない。
「9年間ずっと『我々は大きくなるぞ』と熱心な思いを持ち続けているのは、すごいなあと思う。会社の設立者として、成功を切望する気持ちは不可欠なものだろうから」
と、バンカーズ・トラスト時代からエリックと一緒に仕事をしているCOO(最高執行責任者)のブライアン・ツァイ(44)は語る。
世界に通用する組織づくり。そのために、優秀な人材をいかに集め、力を発揮させるかに注力する。技術中心の会社だけに、採用はエンジニアがメインとなる。「まず、頭がいいことが基本」とエリックは言うが、それだけでなく、自分の意見をしっかり口にできることも大事な要素だという。
「セレゴは、日本の会社とは全然違うと思う。年功序列ではなく、新入社員でも優秀であれば権限を与えて仕事をまかせていく。長く勤めている人のアイデアが勝つのではなく、ベストなアイデアが勝てるような環境を作るのが私の仕事。若い年齢でもインパクトのある仕事ができるようにね」