「ワークライフバランス」――、私生活や人生と「仕事」とのバランスが取れていることは、働くものにとっての理想である。また、このバランスを崩して働く気力が失われている状態は、会社にとっても望ましいことではない。会社や上司に言いにくいことを吐き出す機会を作ることで、崩れたバランスを修正することが考えられるだろう。
3ヶ月に1度、元取締役との「面談」を義務付け
私の20代は、文字通り馬車馬のように働く日々だった。その訳は「自由」が欲しかったからだ。人生を会社や上司に委ねず、自分の意のまま好き勝手にやりたいことをやって、しかも豊かに幸せに、健康に暮したかった。30代以降の人生で「自由」が満喫できるなら、20代全てを犠牲にしていいと考えたのが、私の「ワークライフバランス」だった。
ひたすら営業ナンバーワンを目指し、一番でなければ意味がないと考えていた。そのくせ気持ちは、いつも不安でいっぱいで、毎朝早く目覚め、食欲が湧かず、通勤電車でトイレに行きたくなった。後年、精神科医の和田秀樹氏などと『部下のやる気を2倍にする法』(ダイヤモンド社)を書く機会に恵まれたとき、その症状を話すと「『仮面うつ病』に近い所見ですね」と指摘された。
そんなハードワーカーが多い職場だったから、会社は「燃え尽き症候群」を心配してか、仕事と健康のバランスを取るためか、従業員をケアするさまざまな制度を設けていた。特に印象に残っているのは「トレーナーとの面談」である。
上司でも人事部でもないトレーナーとの面談は、3ヶ月に1度行うことが義務付けられていた。面談役は、現役を引退した大手企業の人事部長や、元取締役が務めていた。「最近、調子どう?」といった世間話から始まって、「実は上司とソリが合わない」とか「他の仕事をしてみたい」とかいった本音をぶつける機会でもあった。
「トレーナー」が異動の希望を上司に掛け合ってくれた
私は当時、このままでは心も体も折れてしまう予感もあり、他の部署へ異動したいと考えていた。しかし、とても上司に話せる状況ではない。意を決してトレーナーに打ち明けると、彼は何日か考えて「大塚君のキャリアを考えると、私も異動した方がいいと思うね」と言ってくれた。
そして、引きとめようとする上司や人事部に掛け合って、異動の段取りをつけてくれたのである。会社の都合を超えたところで、個人的な不満や希望に耳を傾け、それを実現してくれるトレーナーは、私の「人生」と「仕事」のバランスを取る貴重なサポーターとなった。
その後、私はMBA取得のため、米国に留学したいと考えるようになった。そして、資金を貯めるために会社を辞め、ヤマメの養殖事業を始めた。誤算だったのは、生き物相手のビジネスは、いっそうの「ワーク」ばかりで、2年半で2日しか休めなかったことだ。(その後創業した「エマメイ」という会社の名前は、ヤマメを逆さに読んだものである。)
話を戻すと、ワークライフバランスが、仕事と「私生活」のバランスであっても、「キャリア」や「人生」とのバランスという文脈であっても、「トレーナー制度」のような中立的な識者との面談は有効だ。メンタル面のケアを中心に考えれば、面談役は臨床心理士やカウンセラーなども選択肢になる。他人と言葉を交わすことなく一日が終わる職場もあると思うが、心身のバランスを修正するには、人との対話が必要であると思う。
大塚 寿