キヤノンの工場で働く派遣社員が自分自身のありのままの日常を撮ったドキュメンタリー映画「遭難フリーター」が2009年3月28日、公開される。20代前半の貧乏派遣の苛立ちと渇望の日々を生々しく映し出す青春ドキュメンタリー。彼が派遣社員の代表かどうかは分からない。だが、いまを生きる、一つの「リアルな姿」がたしかに見える。
「現代の被害者」に仕立て上げようとするマスコミを逆撮影
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「人は食わねば生きていけない」という現実を象徴するように、「遭難フリーター」には食べるシーンが何度も登場する
監督・主演は岩淵弘樹、23歳。平日は製造派遣大手の日研総業から埼玉・本庄のキヤノン工場に派遣され、時給1250円の単純労働に従事し、週末は憧れの東京でフルキャストの日雇い派遣として働く。
サラ金の借金を返すため極端に切り詰めた生活を送る彼は、会社の寮で粗末な食事をかきこみ、東京に出かけた日もネットカフェやマクドナルドで夜を明かす。ときには大手レコード会社に就職した友人から自己責任論的な説教を受け、ときには母親から故郷に戻ってきたらと諭される。あるときは派遣問題に飛びつくマスコミの取材を受け、「俺は誰の奴隷なんだ?」と自問自答する。
そんな1人の派遣社員の日々の暮らしとボヤキが、ビデオカメラを通して観客の前に淡々と映し出される。工場で働きながらも、同僚や友人、家族、報道関係者など様々な人々と会って語り、懸命に何かを考えようとする23歳の姿を追ったこの映画は、現代日本のロードムービーとして見ることもできるだろう。
「こんな生活に出口は見えない……」
そう嘆く一方で、
「この仕事を選んだのは、どんな状況であれ、自分自身だ」
と強がってもみせる岩淵は、自分を「現代の被害者」に仕立てあげようとするマスコミの姿勢に違和感を感じ、彼らを逆撮影。その偽善的な姿をスクリーンでさらしてしまう――
「俺だけが知っている、俺のリアル」を叩き込んだ作品
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岩淵弘樹監督は家族にも映画を見てもらった。「母親は『息子が貧乏にあえぐ姿を見るのはイヤだ』と悲しんでいました(苦笑)」
撮影は、手持ちのビデオカメラを使って、2006年の3月から1年間続けられた。「撮影中は映画の構成など決めずに撮っていて、どういう映画になるのか分からなかった」という岩淵監督。知り合いのドキュメンタリー映画監督・土屋豊氏のアドバイスを受けながら2カ月かけて編集し、07年の山形国際ドキュメンタリー映画祭に出品したところ、「リアルな青春映画」として高い評価を得た。
劇場公開前の試写会では、「この映画は現状追認的で、派遣問題を変える力が弱いのではないか?」といった批判も出たという。しかし、社会学者の鈴木謙介氏が映画のリーフレットに寄せた次のコメントが岩淵監督の意図を代弁している。
「これは『貧困のリアル』や『派遣のリアル』を描いた作品じゃない。『俺だけが知っている、俺のリアル』を叩き込んだ作品だ」
「遭難フリーター」は09年3月28日、東京・渋谷のユーロスペースで公開。毎週金曜の最終回上映後には、岩淵監督によるティーチインも実施される。そのほか、4月11日に大阪(シネマート心斎橋)、同18日に札幌(シアターキノ)と相次いで公開され、その後も、苫小牧、仙台、静岡、名古屋、京都、神戸、佐賀などで順次上映される予定だ。