「派遣村は予想外の反響だった」派遣ユニオン関根氏語る

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「たくさんのボランティアやカンパが救いだった」

   12月31日の派遣村初日。日比谷公園には予想をはるかに上回る数の人たちがやってきた。受付には100人以上が並び、最初からパンク状態になるほど人が集まった。失職後ネットカフェを泊まり歩いたものの所持金がつきて野宿生活に入ったという人や自殺しようとロープを持ち歩いている人など、さまざまな人がいた。

   なかには、今回派遣切りにあったわけではなく長期間路上生活を送っている人たちもいたが、派遣村では特に区別しなかった。

「最初からいろんな人が来るだろうと想定していたが、長期型のホームレスの人も受け入れることにした。長い野宿生活をしている人も、もともとは90年代の不況下で仕事を失った人が多いわけで、今回派遣切りにあった人と区別する理由はないだろうと考えた」

   村民登録をした人は12月31日から1月5日までの6日間で計505人。そのうち派遣村で「相談」をした人が354人。その内訳は次のとおりだ。

 派遣切りで仕事と住居を喪失 73人(21%)
 日雇い派遣をしていたが仕事がなくなった 57人(16%)
 派遣ではないが、不況の影響で失業状態 70人(20%)
 以前から野宿状態 33人(9%)
 生活保護受給させてもらえない 9人(3%)
 その他 103人(28%)
 無回答 9人(3%)

   このほか、ボランティアとして登録した人が12月31日~1月4日で1692人に達した。また、カンパとして5010万円が寄付され、3トン以上の米を始めとする大量の食材が届けられた。

「炊き出し用の食材はカンパだけで十分に成り立つほどだった。世知辛い世の中で、派遣村の人たちを救おうと並んでくれた人たちが山ほどいたのは、本当に救いだった」

   だが、関根書記長は安心しているわけではない。年度末にあたる3月末には、さらに多くの「派遣切り」が実施される見込みだからだ。

「この3月には、12月をはるかに上回る数十万人規模の派遣切り、期間工切りがある。そこで、また多くの人が職と住まいを奪われるが、こんな事態を放置していいのか。切られたあとの対策だけでは不十分。切らせないための対策が一番重要だと考えている」

と、関根書記長は数十人の聴衆に向かって訴えた。

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