2008年12月中旬、株式会社セレンは赤坂見附のオフィスから六本木へ移転した。木の香りが漂う明るいオフィスで、広いバルコニーもある。暖かくなったらここでベランダ菜園もすることができる。
引越しがやっと片付いた師走のある日。ふだんは宮崎にいるセレン社長の三輪晋がほうれん草を持って東京にやってきた。生のほうれん草をちぎって手渡し、私に食べろと促す。
「えっ何? これ!? 本当にほうれん草ですか?」
受け取ったほうれん草の葉は私が知っているほうれん草の中で最も肉厚で、手触りはまるでベルベットのようだ。
ひと口食べてみる。新種のサラダほうれん草かと思うほど甘く柔らかい歯ざわり。普通のほうれん草のようなギシギシした感触がない。普通のほうれん草は糖度が7度~9度で高糖度といわれるが、このほうれん草は糖度が15度もあるそうだ。
新人農家がつくった「スーパーほうれん草」
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自分たちが育てた畑の前に立つ黒川剛さん・栄子さん夫婦。手にしているのは、チンゲンサイ
ごく普通の品種のほうれん草をこんなスーパーほうれん草に育てたのは、宮崎県都農町の黒川剛さんと奥様の栄子さん。さぞや熟練の農家さんかと思いきや、まだ就農10ヶ月目の新人農家さんだった。
いま39歳の黒川剛さんはもともと町役場で働いていた公務員。農林水産課で環境保全農業の仕事をしているときに三輪とその仲間の農家と出会った。
もともと仕事熱心でがんばり屋の剛さん。公務員時代は毎晩遅くまで働きづめで、それが体に響いてしまったのか脳出血で倒れてしまったことがある。奥様の栄子さんは、剛さんが残業で遅くなったりすると無理してないか心配でたまらず、自宅で帰りを待っているのが辛かったそうだ。
そんなときに三輪から農業の面白さを教えてもらった。農業ならば、夫婦一緒に自宅で働くことができる。もともと夫婦で何か事業をしたいと考えていたこともあり、本格的に農業をやろうと決心。役場を辞めた。