「二度と経験したくない」つぶれる会社の空気

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   不況の逆風のなかで会社が次々とつぶれている。2008年の上場企業の倒産件数は33件と戦後最多を記録した。中小企業はもっとひどい有様だ。多くの会社員が「もしかしたら、いつかはうちの会社も……」と倒産の影に怯えている。つぶれていく会社の空気とはどんなものなのか。あるネット企業で悲劇を経験した人に話を聞いた。

社長から告げられた「経営危機」

サラリーマンの行く先に何があるのか、将来を見通すのが難しい時代になった
サラリーマンの行く先に何があるのか、将来を見通すのが難しい時代になった

   いまから数年前の春。社員100人ほどのインターネット企業でエンジニアとして働いていたTさんは、同僚たちとともに会社の大会議室に呼び出された。部屋には派遣社員やアルバイトを除く数十人の社員が集められ、奥には社長を始めとする経営幹部が勢揃いしていた。ただならぬ雰囲気であることはすぐに分かった。

   社長の口から出てきたのは、経営危機を告げる言葉。このままでは倒産してしまうから立て直しのために抜本的な改革を行う、というような話だった。それまでも経営状態が良くないという噂は聞いていた。だが、現実に社長から発表されると「シャレにならねぇ……」と暗澹たる気持ちになった。

   社長の構想では、この発表を機に一致団結して難局に立ち向かうはずだった。でも翌日、N新聞に「●●、経営危機」というスクープ記事が出て、社内はガタガタになった。まっさきに逃げ出したのは、立て直しの中心になるはずのM営業部長だった。

できる人間ほど先に辞めていく

   それが引き金になって、どんどん人が辞めていった。いい立場にいる人間や仕事ができる人間ほど先に辞めていく。ほどなくして企画部門のトップがいなくなり、戦意を喪失した営業部の者たちも社を離れていった。

   一人で辞めるのではなく、部下を何人か連れて別の会社に移っていく"集団脱走組"もいた。かつていた会社に出戻ったF部長は、子飼いの部下を数人引き連れて行った。それはまるで、沈みゆくタイタニック号から救命ボートで逃げ出す人たちのようだった。

   当時20代半ばだったTさんは「この裏切り者め!」と憤慨していたが、いま振り返れば、彼らにも守るべき生活があったから仕方なかったのだろうと思う。

   人が次々と去っていくから、送別会が毎日のように開かれた。そのうち開くのが面倒くさくなってしまうほどに。印象的だったのは「寄せ書き」の変化だ。

「人がやめるたびに送別会を開いて寄せ書きを贈っていたんですが、だんだん寄せ書きに書く人の数が減っていくんですよね。スカスカになっちゃうので、『一人何行以上書くようにしよう』と言い出すヤツもいたりしましたよ」

「沈みゆく船」に残された者たちの悲惨

時間だけがどんどん過ぎていく。終わらない仕事が続く……
時間だけがどんどん過ぎていく。終わらない仕事が続く……

   去っていく者には新しい世界が待っている。しかし、残された社員たちは"沈みゆく船"に留まって、彼らの分まで仕事をこなさなければいけない。二重の意味で悲惨なのだ。

   サポートセンターのマネージャーだったTさんの業務量は日を追うごとに増えていった。コストカットのため"派遣切り"をしたおかげで、30人ほどいたサポートセンターの部屋は廃墟と化し、代わりに残った5人の社員が約2万人のユーザーを相手するはめになった。

「役員が借り上げた会社近くのマンションに泊まりこんで、朝6時半から深夜3時まで働きました。それでも仕事は全然終わらないんですよ」

   しかも自分ひとりが必死にがんばっても、何十億円もある会社の借金がどうにかなるわけではない。つぶれるときはつぶれるのが会社というものだ。いったい自分は何のために頑張っているのか、という徒労感があった。

   会社の外に出れば、入り口の近くにスーツを着た"いかついお兄さん"がいるのを目撃することもあった。金融関係の取り立て屋だったのだろう。入り口には「関係者以外の立ち入りを禁ずる。従わない場合は、警察に通報する」といった貼り紙が掲示されていたが、それで中にいる人間の不安が消えるわけではない。

   さらに、会社の倉庫に保管してあったコンピュータに「差押」の札が貼ってあるのを見たときには、精神的ダメージが倍増した。その差押物件の一部はいつのまにか行方不明に――聞けば、役員の1人が外部の会社に売ってしまったという。あきらかな横領、つまり犯罪なのだが、そんな行為も許されてしまう退廃的な空気が会社を支配していた。

会社の中の空気が「灰色」に見えた

   上がそんな調子だから下も荒れる。「こんなことをやっていても、どうせつぶれるんでしょ」と職場でウイスキーの瓶をあけている者もいれば、「あのとき、こうしておけばよかったんだ」と無意味な役員批判を繰り返す者もいた。どう見ても、まともに仕事をする気にはなれない環境だった。

   社内の設備も劣悪になる一方だ。ファクスは50台リースしていたのが5台に減り、行列待ちが発生。待っているうちにイライラが頂点に達して切れ出す者もいる。人が消えて歯抜けのようになった机の上には、グチャグチャの書類が散乱していた。

「会社の中の空気が『灰色』になっているように見えました」

と、Tさんは振り返る。

   そんな環境にいると、社員の体や心も壊れていく。ある役員は内臓をやられたのか、顔がどんどん黒くなっていった。また、それまでパリっとしたスーツできめていた人が、髪ぼさぼさのジャージ姿で出社するようになってビックリしたこともあった。10円ハゲになったり、髪全体が薄くなったりする者もいた。なかには、ノイローゼになって家から出てこられなくなった同僚も……。

   こんな地獄絵図がいつまで続くのか。そう思っていた。ところがある日、別の会社に買収されることが決まった。倒産寸前で命拾いしたのだ。だが、Tさんはきっぱりと言う。

「あんな思いは、二度と経験したくありません。たとえ、疑似体験できるアトラクションがあっても、絶対にイヤですね」
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